日本MRSニュース Vol.14 No.1  January 2001

やあこんにちは

科学技術教育のパラダイムの転換

東工大大学院理工学研究科・教授
入戸野 修 
 

私は最初の講義で人間の脳の話をすることにしている.なぜかと言うと,脳は錆もするが, 磨けば輝く最も身近な材料であり,材料研究では,脳の機能を認識している方が有益であると考えるからである. しかし,脳の専門家というわけではないのでごく限 られた情報,たとえば,右脳は感覚的,動物的,イメージ的,アナログ的な対象に強く機能し, 一方,左脳は論理的,理性的,概念的,デジタル的な対象により強く機能すること,どちらの 脳が効き脳であるかを判定する方法などを提供する.この知識提供で,研究遂行には両脳の機能, つまり「感性」と「知性」の適切な融合が重要であることを伝えたいのである.同時に, いろいろな事を学ぶときには,できる限り5感(視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚)を使って学ぶ(体得する) ことを推奨している.
 実験研究は,大雑把に次の7つに分類できる:1)新しい方法や装置を導入あるいは開発する, 2)研究素材の種類を変える,3)他の研究者の実験結果をより精度を上げて詳細に追試する, 4)新しい性質や現象を見出す,5)既知の現象や過程を物質種を変え, 多くの測定法や観察法で総括的に追求する,6)物質種あるいは実験条件を系統的に変えて多数の 新しい測定データを収集・評価し物性を向上させる,7)直観的なひらめきに基づくアイディアを確認する. これらの研究動機は,左脳の「知性」よりはむしろ,右脳の「感性」機能と5感がより活性化しているとき にこそ容易に生まれてくるのではないだろうか.
 最近では,最高性能を有する装置が研究を進展させるとの考えが学界の主流である. コンピュータが高精度な実験を可能にし,実験時間を大幅に短縮化し,データ処理をも自動化している. しかしながら,こうした実験技術の進歩のために,かえって研究者が高価な装置に囚われ, 地味で忍耐のいる基礎的な研究を敬遠し,短期間で業績が挙がる研究に集中する風潮が増しているのは大変気になる. 測定が自動化されていなかった時は,研究者は自分の手と目で苦労して細心の注意を払って 測定することで,自然と一点一点を慎重に測定する能力を培った. だから,少しでも予想外の結果が出ると直ちに気付くことができたのである. 歴史上のイノベーションは,この一見無駄と思えるやり方,不便さや要領の悪さと 密接に関係する場合が多い.地味で労力の多い体験が,実は新現象を発見する機会に 恵まれる研究者となるための重大な必要条件の一つであると思えてならない.
 同様に,子供の頃に自然現象と触れ合って培われた感性が失敗を成功へ結びつける能力, 思いもかけないものを発見する能力(セレンディピティ)に深く関わっているのではないだろうか. 人類が経験した精神活動の発展過程を一人ひとりが辿って現代文明の精神活動に連結することこそ自然である. 人は科学技術の習得をゼロから始めるが,科学技術は既に成し遂げられた実績の上に築かれ, 継承され進展するものである.こう考えると,これからの若者が科学技術に携わるには, 人類が過去に辿ってきたように,無から有を産み出す忍耐のいる精神活動の一端をごく短期間でも良いから体験し, その上で最先端の科学技術に関わるような教育環境がますます必要になってくるのではないだろうか.
 人には「知性」と「感性」を体得する年齢期がある.個々の人間が持っている自主性・感受性・ 論理性・創造性・自律性などは本来は子供の頃に培うものである.これらの「知性」と「感性」 がその後の教育環境で大きく育ってこそ,吸収した知識が真に活かされるのである,また, 新しい研究活動を始めるとき真に必要とするのは,知識や設備よりもむしろ意欲,「やる気(感性)」で ある場合が多い.教育の使命は,学生の好奇心を沸き立たせ,興味を持たせ,自主的に行動できるよう支 援することにある.同時に,知識・学問・技術のような個人の自由相続財産を旨く相続できるように手助 けするのも教育である.したがって,社会や産業の変化をいち早く感知し,より正しく適応し自ら問題解 決する力を育成するには,大学・大学院の教育課程においても,知識を教えるばかりでなく,「感性」 をも育てることを重視した科学技術教育のパラダイムの転換が必要である.
 しかしながら,教えることと育てることの両者を重視した教育は,中学・高校・大学の すべてを包含した息の長い連携教育として施行することが重要である.わが国が科学技術 創造立国として世界と伍してして行くには,この連携教育を科学技術教育の柱とした施策 に国をあげて取組み,早急な具体化が望まれる.こう敢えて言ったのは,6年間にわたり附 属工業高等学校長を兼務しているからであり,本来自主性,感受性や創造性を育てるべき初 中等教育でのパラドックス,特に高度情報化による負の側面をどのように教育で解消できる のかに日々腐心しているからである.


■研究所紹介

東京工業大学 精密工学研究所 マイクロシステム研究センター

教授 小山二三夫


1. はじめに

 平成12年4月1日,東京工業大学精密工学研究所の附属研究施設としてマイクロ システム研究センター(時限10年)が新設された.これは,平成7年度から12年 度にわたり文部省の支援で推進された中核的研究拠点形成(COE)プログラム「超 並列光エレクトロニクス」(研究代表者:教授伊賀健一)での研究成果をさらに発展 させることを目的としている.当初のミッションとして,面発光レーザを中心とし て,その発展が期待される次世代の大容量光通信システム,大容量光メモリや並列情 報処理システムなどを実現するための新しいデバイス及びシステムの開拓を目指す.

2.組織構成と研究分野

 本研究センターは,センター長1名(伊賀健一教授,併任),教授1名(小山二三 夫教授),助教授2名(宮本智之助教授,他1名選考中),助手1名(坂口孝浩助 手)の小規模な研究センタ−ではあるが,精密工学研究所の極微デバイス部門をはじ めとする研究室と連携を取りながら研究を進めている.
 光ネットワークはITバックボーンにとって必須の技術であり,その技術展開に大き な期待が寄せられている.つまり,画像などの大量の情報を瞬時に伝送/蓄積する技 術,空間並列的に情報を処理する超並列光伝送システムなどである.具体的には,光 によるデータの連携/交換を行うデータネットワーク,複数のコンピュータやLSIチッ プ間を結ぶ並列光インターコネクト,さらには光並列情報処理するシステムなどがあ げられる.特に,10ギガビット/秒〜テラビット/秒に及ぶの超高速LANには,COEで推 進してきた面発光レーザ(図1)が重要な位置を占めつつある.また,マイクロプロ セスやMEMS技術を駆使した新しいデバイス構成法も登場しつつあり,今後超高速 LSIとの連携によるエレクトロニクスの様々な展開が期待できる.

3.研究内容

(1) 広いスペクトル領域における面発光レーザ
 面発光レーザは,東京工業大学の伊賀健一教授の発明によるもので,低しきい値動 作や2次元アレー化などが特徴であり,現在高速LAN用光源として急速に実用化が 進められている.本研究センターでは,COE形成プログラムでの成果を基に,紫外域 から近赤外域の広いスペクトル域で,高性能面発光レーザの開拓を進めている.完全 単一モード面発光レーザ(図2)や1.3_m帯GaInNAs/GaAs面発光レーザ(図3)の実 現に成功している.また,大規模な2次元レーザアレーや青色面発光レーザの研究に も取り組んでいる.
(2) マイクロマシンと光デバイス
 近年,マイクロマシン技術の光デバイスへの応用が注目されている.僅かな位置の 変位をマイクロマシーンで実現し,広範囲に波長掃引可能な波長可変レーザを実現す ることも夢ではない.駆動部分の大きさを小さくすることにより,速度も大型の機械 仕掛けの装置よりも大幅に向上できる.ここでは,垂直微小共振器とマイクロマシン (MEMS/NEMS)の融合により,波長可変レーザ/光フィルタ,発振波長が温度に依存し ないレーザ,数百波規模の大規模多波長光源,光スイッチ,などの研究を行ってい る.波長の温度係数が従来の1/10の光共振器の実現や(図4),16波長の多波 長2次元アレーの試作に成功している.
(3) 超高速光インターコネクト/データリンク
 現在のコンピュータはクロック速度が年々上昇し,著しい進展を遂げているが,高 速化に伴いコンピュータ内・コンピュータ間の信号伝送がそのシステム性能を制限す るボトルネックになってきている.本研究では,光技術でテラバイト級の大量の情報 を瞬時に送り,高速にリアルタイムで処理できるような大容量超高速情報処理システ ムの基礎の構築を目指す.ここでは,面発光レーザなどの低消費電力で動作する光デ バイスがキイデバイスとなる。高速の光通信技術によって,安価のパソコンを巨大な ネットワークで結び,既存のスーパーコンピュータの性能を凌ぐようなシステムの形 成も可能になろう.また,面発光レーザアレーを用いた構内通信網(LAN)の超高速化 (図5)が期待できる.
(4) 大容量光ストレージ/光情報処理
 インターネットの発展とともに,ますます大量の情報を記録するメモリが必要にな ってくる。現在の大容量光メモリをもってしても,動画を2時間程度記録するのが限 界であり,高精細の動画や将来の立体画像を記録・再生できるような画期的な大容量 の光メモリシステムの実現が望まれる。光を波長よりも遙かに小さい領域に閉じこめ た近接場光を用いた光メモリが検討されているが,本研究では,本研究所で生み出さ れた面発光レーザ技術を用いて,既存のメモリよりも数桁大きな大容量のメモリシス テムの実現を目指すものである.面発光レーザの大規模なアレー化技術や近接場光記 録技術(図6)を用いて,超並列光デバイスを用いたテラバイト級光メモリ,並列処 理による超高速アクセスを可能とする次世代メモリシステムの基盤技術を推進してい く.

4.むすび

 本研究センターでは,面発光レーザなどの本研究所で生まれた基礎研究成果をさら に発展させ,大量の情報を並列に光で送る,並列に情報処理を行う超高速大容量光電 子システムの実現を目指している.小さなデバイスから大きなシステムへのブレーク スルーを目指すマイクロシステム研究センターへの御支援をお願いする次第である.


第12回日本MRS学術シンポジウム報告
シンポジウム企画幹事
日本大学理工学部電子工学科 教授 山本 寛



 シンポジウムは平成12年12月7日、8日、かながわサイエンスパークにおいて開催されました。 論文数は550件におよび、参加者は約700名でありました。発表数は昨年に比べ約10%増えました。 会場はいずれのセッションにおいても盛況で、一部のセッションではイスの追加が必要となりました。 活発な討論と熱心な質疑応答が印象的でしたが、ポスターの会場は手狭で、参加して頂いた皆様には申し 訳なかったとお詫び致します。特に、若い人達の表彰の審査にあたり、チェアマンはじめ審査にあたった 皆様には十分な時間もなく、ご無理申し上げました。この学術シンポジウムが年々活発となりつつあることは、 ひとえにチェアマンの皆様方のご努力のお陰であると深く感謝しております。それぞれのセッションの概要に ついては、以下のようなチェアマンからの報告を頂きました。


セッションA:植物系材料の最近の進歩
代表チェア:須田敏和(職業能力開発総合大学校)
口頭発表:22件
ポスター:20件

 シンポジウムは平成12年12月7日、8日、かながわサイエンスパークにおいて開催されました。 論文数は550件におよび、参加者は約700名でありました。発表数は昨年に比べ約10%増えました。 会場はいずれのセッションにおいても盛況で、一部のセッションではイスの追加が必要となりました。 活発な討論と熱心な質疑応答が印象的でしたが、ポスターの会場は手狭で、参加して頂いた皆様には申し 訳なかったとお詫び致します。特に、若い人達の表彰の審査にあたり、チェアマンはじめ審査にあたった 皆様には十分な時間もなく、ご無理申し上げました。この学術シンポジウムが年々活発となりつつあることは、 ひとえにチェアマンの皆様方のご努力のお陰であると深く感謝しております。それぞれのセッションの概要に ついては、以下のようなチェアマンからの報告を頂きました。
参加者数:約80名

  セッションAは、植物系材料の有効利用、新たなる開発、また、資源、環境に配慮した、リサイクルシステムも含めて、植物系材料の高機能利用への可能性を検討する目的で、開催された。研究者のみならず町工場の方々まで参加されるユニークな発表会であるため、発表者間のより緊密な相互理解、相互の交流をはかるとともに、更にこの分野の関係者に広く最近の動向を知っていただくことを目的に、毎年、特別予稿集を発行しており、好評を得ている。
 内容に関しても、木質材料の強度関連から材料の複合化、さらにはウッドセラミックスの製造、その応用関連にいたる非常に幅の広いものであったが、逆にそれが功を奏するのか和気あいあいの雰囲気であった。中でも、伊勢神宮遷宮にからむ木材と葦の保存処理に関する講演、また、ウッドセラミックスの連続製造装置の製作に関する講演は、難しい議論を離れて、むしろオアシス的存在となり、会をなごやかなものにさせていた。
 植物系材料全体の発表の中で、ウッドセラミックス関連のものが、ここ数年発表件数も徐々に増加しており、半数以上を占めるようになっている。また、今年の特徴は、具体的なウッドセラミックス実用化の研究が増加したことである。
 木質材料の液化による資源化に関する発表が招待講演の形であったが、環境問題を踏まえて再生可能な化学原料、燃料等への今後の発展が期待される分野である。また、ウッドセラミックス関連の研究開発が非常に増加してきたが、中でも実用化段階の開発に移行したものが増えた。例えば、ウッドセラミックス連続製造装置の製作、また、水蒸気賦活処理の研究等の実用化に向けた開発が目立ちはじめた。その結果として、ポスター奨励賞においても植物系材料全体での審査にも拘わらず、ウッドセラミックスの実用化に向けた、“りんご絞り粕ウッドセラミックスヒーター”に関する発表と“樹脂被覆のウッドセラミックスの防水性能、機械的性質”に関する発表との2件に賞が与えられた。

(奨励賞受賞者)
北村 安(芝浦工大)種村幸司(弘前中央青果)


セッションB:自己組織化材料とその機能
代表チェア:多賀谷英幸(山形大学工学部)
口頭発表:15件
ポスター:39件
参加者数:約80名
   
 自己組織化現象は、小さな構成要素が自発的な相互作用によって高度な組織体を形成する現象であり、工学や理学のみならず、医学や農学、薬学など多彩な研究分野を包含している。本セッションでは、口頭およびポスター発表により、自己組織化反応を基盤とした多彩な材料創製とその機能的応用が報告された。招待講演である、「超分子鋳型法による有機−無機ハイブリッドメソポーラス物質の合成」(豊田中央研究所:稲垣伸二氏)では、有機基を骨格に持ち、2〜50nm程度の空間を有する新規なメソポーラス多孔体の創製法とその特徴が詳細に紹介された。また電性高分子であるポリアセチレンを不斉液晶場で重合し、分子鎖が一方向にねじれたヘリカルポリアセチレンを重合した研究が「液晶性ヘリカル共役系高分子の合成と性質」(筑波大学・物質工学系:赤木和夫氏)で講演され、その特異な構造の発現について、丁寧な説明がなされた。「ポリペプチドの立体構造転移とアミロイド繊維への自己組織化」(東京工業大学・大学院:三原久和)では、数種のアミノ酸からなるポリペプチドについて、ラセン構造からβシート構造への転移が容易に達成され、アミロイド繊維への自己組織化が起きることが報告された。
 本セッションでは、自己組織化現象に伴う新材料・構造体の創製、それらの構造解明、さらに自己組織化材料の機能など、自己組織化現象を基盤とする幅広いジャンルの研究を対象とし、発表に対し、多彩で活発な質疑があった。自己組織化現象は、多彩な研究分野を含むため、研究者・学生間での交流をすすめることで、分野のより一層の進展が図れると考える。

(奨励賞受賞者)
李 賢英(九大)穂積 篤(名工研)藤田郁子(早大)高橋達也(山形大)岸本健史 (東大)細谷 将(山形大)青木健一(東工大)金澤克彦(筑波大)


セッションC:高分子表面の機能化・素子化
代表チェア:高原 淳(九大・有機基礎研)
口頭発表:15件
ポスター:発表28件
参加者数:約50名


 本セッションでは1)高分子表面の構造、物性の新しい評価技術 2) 高分子表面の構造、物性の設計・制御法 3)高分子表面の機能化・素子化 について口頭発表15件、ポスター発表28件の発表が行われた。東工大生命理工の藤平正道先生による「自己組織化単分子膜の走査プローブ顕微鏡による特性評価」、鹿児島大工の明石満先生による「高分子の秩序化を駆動力に用いる高分子薄膜形成」、京大院工の松岡秀樹先生による「X線・中性子反射率測定による界面高分子組織体の構造解析」、テルモ(株)研究開発センターの千秋和久先生による「親水性-疎水性ブロック共重体の表面構造と血液適合性」と、各分野の世界の第一線級の講師により最新の研究に関して御講演いただいた。口頭発表とポスター発表では、ブロックコポリマー、蒸着膜、単分子膜、塗膜、ポリマーブラシなどの種々の薄膜表面に関するもの、表面X線回折、中性子反射率測定、表面力測定、近接場光学顕微鏡、表面粘弾性特性などの表面構造・物性解析法、医用材料、電子機能などの機能性表面、リソグラフィーによる素子化に関する最先端の発表が行われた。口頭発表では、質の高い研究発表が行われ、また討論も活発で、予定した時間を大幅に超過した。ポスター発表は学生と若手研究者が中心の発表であり、表面あるいは薄膜の機能性に関する発表が目立っていた。ポスターはいずれもよくまとめられており、多くの参加者により活発に討論が行われ、あっという間に90分の時間が過ぎていた。ポスター発表の奨励賞の対象者は25名で、9名の先生方に採点していただいた。優れた発表が多く、その中から7名を表彰した。

(奨励賞受賞者)
鳥飼直也(高エネ研)濱田健一(鹿児島大)赤堀敬一(九大)小川龍太郎(東理大) 穂積 篤(名工研)平野覚浩(東理大)中川 勝氏(東工大資源研)

セッションD:高分子ゲル
代表チェア:西成 勝好(大阪市立大学生活科学部)
口頭発表:24件
ポスター:44件
参加者数:約200


 特別講演(土井)ではゲルのダイナミクスを記述する基礎方程式が整理された。基調講演ではPVAゲルを例としてゲルの階層的構造が示され(梶)、ジェランガムゲルの特異な圧縮破壊挙動(中村)、ゲルの体積相転移における収縮相の研究の重要性が指摘される(弘津)など示唆に富む講演がなされた。熱心な質疑応答がなされ、時間が不足した。一般講演、ポスターでも質の高い独創的な研究が多く発表された。
 講演の途中でも気軽に質問が出たり、ポスター会場でも熱心な討議が続いた。合成高分子ゲル、生体高分子ゲル、物理ゲル、化学ゲルの研究者の間で情報・意見交換が行われたことは有意義であった。学生が積極的に研究内容をアピールする姿勢も良かった。
(奨励賞受賞者)
新田高洋(北大)武政 誠(早大)細谷恵利(群馬大)佐藤 卓(群馬大)竹岡敬和 (横国大) 野口博司(分子研)小暮広行(群馬大)


セッションE:巨大機能物性セラミックス
代表チェア:桑原 誠(東大・工)
口頭発表:18件
ポスター:17件
参加者数:約110名


 本セッションでは、特異な構造や界面に起因する巨大な機能物性を発現するセラミックス材料の設計、合成、及び特性についての議論を軸に、新規巨大機能物性セラミックスの創製及びそのデバイス応用等についての討論を行った。特に興味深く、注目を集めた講演題目とその概要を以下に記す。
 (1) エレクトロベクトル効果による水酸アパタイトの生体関連有機物に対する吸着特性拡大:
高電界分極処理を施し、電荷を誘起した水酸アパタイトセラミックス表面上で新生骨組織の成長が従来見られないほどの速度で起こることを見出し、その機構の解析から巨大化学活性デバイスの創製に関する基本概念を提案した。
 (2) 陽イオン欠損ビスマス層状構造強誘電体の巨大分極発現機構:
ビスマス層状強誘電体(SrBi2Ta2O9)のAサイトに欠陥を導入することにより自発分極が異常増加する現象を見出し、この現象をTaO6ユニットの回転によるという新しいモデルによって説明した。
 (3) 無機ナノコンポジット交換膜:
極めて大きなプロトン導電性を示すタングストケイ酸水和物(GPTS)系無機ー有機コンポジットの合成に成功し、その高プロトン導電性が無機ー有機の特異界面で生じていることを明らかにし、また燃料電池への実用化研究を推進している。
 (4) 強誘電体単結晶におけるドメイン構造とそれに伴う圧電特性の変化:
PZN-PT強誘電体単結晶に見出された巨大圧電特性の発現機構を、結晶の対称性と分極軸の配向運動に基づくエンジニアードドメインモデルによって説明した。このモデルに基づき、新規な巨大圧電結晶合成に関する新しい指針が提案された。
 本セッションは、昨年に続き2度目の開催である。本年は、昨年以上に大勢の学生や若手研究者の発表及び参加があり、司会者はしばしば講演の進行と時間厳守で苦労するほど大変活発な討議がなされた。昨年は、巨大機能物性という新しい用語に戸惑いがあった参加者もいたが、本年は本セッションのスコープも十分に理解されており、和気あいあいながらも緊張感のある発表討論会であった。

(奨励賞受賞者)
金 在東(武蔵工大)安部恵子(岡大)朴 容一(武蔵工大)安藤崇志(東大)


セッションF:機能調和酸化物 −遷移金属酸化物の複合機能−
代表チェア:川合 真紀(理化学研究所)
(文責)矢田 雅規(金属材料技術研究所) 
口頭発表:13件
ポスター:26件
参加者数:約65名

 本セッションは、遷移金属酸化物を「機能調和」というキーワードを切り口として捉え、酸化物の原子レベルでの制御形成、複合機能の発現に関わる物質設計や物性計測、新機能探索等に関する討論を行った。非常に興味深い発表が多々あった。その数例を紹介する。
 金材技研の立木は、酸化物高温超伝導体の層状構造に起因する固有ジョセフソン効果について、ジョセフソン・プラズマの超放射状態と動的ジョセフソン・ボルテックスに関する理論的考察を行い、この現象の応用として、100GHz〜数THzの電磁波発振素子実現の可能性を示した。 JRCAT、東大の十倉は、強相関電子系では、異なる相の境界付近で異相間の相関が働き、それによる相の揺らぎが物性に反映され、それが巨大磁気抵抗等の興味ある機能発現の起源となることを示した。さらに、イオン不純物ドープや局所的光励起等により相制御を行う「臨界相制御」の概念とそれに基づいたTHz領域のデバイス応用の可能性を示唆した。東大の藤森は、1次元、2次元Cu酸化物および3次元Mn酸化物について、高分解能角度分解光電子分光法により得られた電子状態描像について概観した。La系においてホール濃度の不均一(ミクロな相分離)があり、これにより化学ポテンシャルのピン止めが生じること、一方、Mn系では、ミクロな相分離が検出できないことを報告した。東工大の川崎は、強相関電子系の[強磁性/反強磁性]酸化物超格子を原子レベルで構造を制御しながら作製し、その界面でのスピンキャンテイング効果により電気特性異常が起きることを示した。阪大の川合は、酸化物における表面・界面の物理・化学的特性に注目し、走査プローブ顕微鏡法によりLa-Ca-Mn系酸化物薄膜の表面がフェロメタルになっていることを実証した。さらにその応用として、磁性針による表面磁化の可能性を示唆する等、具体的な実例を示しながら、酸化物の表面・界面の特異性についての認識の重要性とその積極的な利用について斬新なアイデアを披露した。
 予想以上に多くの方の参加を得、当初準備していた椅子の数ではとても間に合わず、急遽他の会場から余った椅子を借りてき、それでも立ち見の方が続出する程の盛況でした。他セッションからの参加者も交え、口頭発表、ポスター発表ともに非常に活発な討論がなされ、機能調和酸化物の新機能発現に寄せる熱い期待が感じられた。

(奨励賞受賞者)
佐屋裕子(東北大)中島健二(東工大)田中秀和(阪大)鯉田 崇(東工大)大谷 亮(東工大)高野義彦(金材技研)


セッションG:クラスターの孤立系と凝集系―ナノスコピックな特異性からマクロスコピックな機能性へ―
大野 かおる(横浜国大)
口頭発表:24件
ポスター:28件
参加者数:約70名

 パネル討論会では、パネリストの茅幸二氏と川添良幸氏による「クラスター材料科学:21世紀への提言」と題する大変興味をそそるプレゼンテーションがなされたとともに、その後幾つかの質問・討論がなされ、かなり意義深いものとなった。招待講演は、樽茶清悟氏による量子ドットの電子状態と量子計算機などへの応用に関するものと、斎藤晋氏によるフラーレン、ナノチューブおよびシリコンクラスレートなどに関する最近の発展に関するものの二つであったが、どちらも分かり易く、大変面白い内容であった。このほか、具体的には挙げないが、興味深い内容の発表が数多くあった。ポスタープレビューは、短い時間にポスターセッションの発表内容を概観できたのでとても良かったと思う。
 限られた時間内に活発に質問が出されたのでまあまあ良かったと思う。発表や休憩の時間がもう少し長くとれればなお良かったと思う。会場が少し狭く、机のある座席に座れなかったり、立見の人があった。
ポスターセッションは一つ一つの場所が狭く、多少窮屈な感じであった。

(奨励賞受賞者)
久野桃子(東北大)山口 渡(名工研)千田忠彦(筑波大)池本夕佳(科技団)中村 淳(理研)橋本征朋(慶大)


セッションH:単一電子デバイス・マテリアルの開発最前線―分子系・ナノ固体系の単一電子デバイス―
New Materials and Technology for Single Electron Transistor
代表チェア:根城均(金属材料技術研究所) 
Hitoshi Nejo(National Research Institute for Metals)
口頭発表:13件
ポスター:3件
参加者数:約40

 本セッションは単一電子デバイスの新たな材料と技術を既存の枠にとらわれずに議論することを目的とし、当初のねらい通りのセッション運営が出来た。即ち、既存の金属・半導体材料を用い、電子線リソグラフィの技術を用いた作製方法と、有機分子を用いた分子スケールのデバイス作製技術の両分野から活発な発表と討論がおこなわれた。とりわけ、有機分子を用いたデバイスのセッションでは、分子スケールのデバイスを測定するための新たな装置の紹介等が注目を引いた。また新たな技術のみならず、そのようなデバイスを作製することによってもたらされる新たな概念について熱心な討論がおこなわれた。
 本セッションは、既存の学会(例えば応用物理学会・日本化学会)の範疇に包摂しきれないような新たな分野を包括するテーマを選んだ。このような新たな分野については、新たな受け皿となる学会が必要であり、今回のシンポジウムはそのような要請に十分答えるものとなったとの印象を深くした。今後とも本学会を中心としてこの分野が発展することを念願する。


セッションJ:スマートマテリアル
代表チェア:宮崎修一(筑波大学物質工学系)
口頭発表:33件
ポスター:32件
参加者数:約85

 本セッションでは、スマートマテリアルの研究・開発・応用に携わる研究者が一堂に会し、材料の製造プロセス、内部組織制御、特性評価、外場(応力、磁場、電場、光、温度等)の効果、複合化、システム化等に関する研究発表を行った。発表されたスマートマテリアルには、ピエゾ素子、ゲル、形状記憶合金、機能性金属間化合物、機能性ポリマー等があった。
 講演の中で、生物の持つセンサーとアクチュエータ機能が、スマートマテリアルに求めるべき理想的な性質を示しているという興味深い示唆があった。スマートマテリアルの持つ単純な基本特性を、複合化とシステム化することにより、生物の示す理想的な挙動に近付けることがスマートマテリアルの応用の最終段階であると考えられる。この技術は、そこに行き着くまでに100年あるいはそれ以上の期間の研究・開発が要求されるだけに、スマートマテリアルの研究はまだ始まったばかりであり、今後の長い研究が必要になる。将来の産業基盤の構築に不可欠のものとして、スマートマテリアルの開発を捕らえていく必要がある。
 発表された材料の中で最も多かったものは形状記憶合金であった。この中で形状記憶合金開発の重要な動向が2つ認められる。1つは、最も実用化されているTi-Ni合金をスパッタ法で1-2ミクロンの厚さの薄膜にする技術の開発と、それを用いたマイクロアクチュエータ作製の試みである。Ti-Ni合金の発生する応力と変位量は、ピエゾ素子等の他のアクチュエータ材料と比べて1桁以上大きいため、強力なアクチュエータ材料としてマイクロマシンの駆動用に開発が強く望まれていた。今回の報告では、50Hz以上の速さで駆動するマイクロアクチュエータの試作が行われた。他の1つの動向は、磁場で駆動する形状記憶合金の開発である。一般の形状記憶合金は熱で駆動するため応答性に限界があるが、磁場で駆動するため1桁以上の応答性を示す形状記憶効果が期待される。磁場駆動型形状記憶合金もスパッタ法で薄膜が作製され、2方向形状記憶効果のデモンストレーションが行われた。これら2つの形状記憶合金薄膜は、新しいマイクロマシンの開発に重要な要素技術となる可能性を有している。
 その他のスマートマテリアルの研究も積極的に取り込んでいくことにより、多種多様な機能を示すスマートマテリアル全体を統合した研究発表の場を提供していくことの重要さを感じた。
 スマートシステムの研究には、素材自身の開発の他に複合化とシステム化を行って実用化を進めることが含まれるため、基礎研究から実用研究までの広い範囲で今後の長い期間の研究開発が必要になる。本セッションは、今回のMRS-Jの中で最も講演数の多いセッションの1つであったが、参加者は若手と中堅の研究者が多く、この分野が将来に向けて発展して行くことを予感させる雰囲気があった。

(奨励賞受賞者)
奥津和俊(筑波大)定免美保(阪大)K. Oki(東北大)大豊大吾(豊橋技科大)Anak Khantachawana(筑波大)M. Hosoki(香川大)増永泰典(筑波大)塚本英明(東工大)


セッションL:格子確率モデルの数理
Stochastic Models on Lattices
代表チェア:今野紀雄(横浜国大)
Norio Konno (Yokohama National University)
口頭発表:31件
参加者数:約40名

 全体に、離散時間の格子確率モデルとしては、Domany-Kinzel model に関する発表が、連続時間の格子確率モデルとしては、3値のサイクリックタイプのコンタクトプロセスを拡張したモデルに関する発表が目立った。特に前者では、非吸収的な場合の、あるいはそれを含む形のグラフ表現、自己双対性、臨界点の評価などの相転移現象の解明に役立つと思われる新しい結果が報告され、多数の参加者の興味を引いた。フレンドリーウォーカーとの関係も興味深かった。また後者では、ガラス転移の研究を含む、シミュレーション、平均場近似、ペア近似の研究報告が多く行なわれ、今後の数学的な研究に大いに役立つと思われる。
 格子確率モデルに関する最先端の研究をアクティブに行なっている国内の研究者が一堂に集まり、数学、物理学、生物学、化学、工学、経済学など様々な立場からの最新の研究発表が多数行なわれた。また、質疑応答も活発になされ、新しい学問の誕生の予兆を感じさせるかのような熱気に終日あふれていた。


セッションM:マテリアルフロンティア・ポスター
代表チェア:野間竜男(東京農工大)
ポスター:67件

 本年は67件にも及ぶ盛況な発表となった。限られた時間・会場ではあったが、活発な討論が行われていた。若い人たちの熱心な質疑応答が印象的であった。

(奨励賞受賞者)
小岩井理美香(千葉工大)今村成明(鹿児島大)Hanna Borodians'ka(金材技研)山崎弘毅(東海大)中川 淳(東工大)秋本雅史(東海大)岡田幸久(沖電工)小林千賀子(東工芸大)O. Agyeman(九工研)酒井達哉(岐阜大)宇尾野宏之(東工大)吉武 剛(九大)野見山輝明(鹿児島大)



To the Overseas Members of MRS-J

Training for Graduate Students and Fundamental Study
Professor Dr. Osamu Nittono, Graduate School of Science and Engnieering, Tokyo Institute of Technology

We are now forced to change the criterion of science and technology because the sense of value has converted for several decades from an environmental viewpoint for human being. An education system will be discussed to convert such paradigm. Materials research training for graduate students will be done on the basis of the concept that involves mental sense such as sensitivity andn susceptibility, and mentality with intellectual thinking. An expectable education with elementary-secondary-higher education for science and technology including human science and moral philosophy.


Microsystem Research Center, P & I Laboratory, Tokyo Institute of Technology
Dr. Fumio Koyama, Professor, Microsystem Research Center, P & I Laboratory, Tokyo Institute of Technology

The Microsystem Research Center was founded in April 2000 as an attached center for Precision and Intelligence Laboratory of Tokyo Institute of Technology. The center consists of one professor, 2 associate professors, and one research associate. The mission is to perform innovative device research using nano-fabrication technologies and to create new optoelectronic systems. The primary mission is to extend the research on vertical cavity surface emitting lasers (VCSELs) and ultra-parallel optoelectronics established upon the COE (Center of Excellence) program. The research field includes high speed parallel optical communications, optical LAN/interconnects, Tera-byte class optical storage, and high speed parallel optical information processing based on VCSEL technologies, MEMS/NEMS and nano-fabrication technologies.


Report of 12th MRS-J Academic Symposium
Chief Director of the symposium: Hiroshi Yamamoto(Nihon University)


The symposium was held on 7 and 8 Dec 2000 at KSP, Kanagawa. Papers of 550 were presented and about 700 researches came together. Very active discussions and exchange of informations were done. The following sessions were opened.

Session A: New Plant Materials
Chairman: Toshikazu Suda, Polytechnic University
Oral papers 22, Poster papers 20
Session B: Preparation and Application of Self-Assembled Materials
Chairman: Hideyuki Tagaya (Yamagata University)
Oral papers 15, Poster papers 39
Session C: Functionalization and Device Application of Polymer Surfaces
Chairman: Atsushi Takahara (Institute for Fundamental Research of Organic
Chemistry, Kyushu University)
Oral papers 15, Poster papers 28
Session D: Polymer Gels
Chairman: Katsuyoshi Nishinari(Osaka City University)
Oral papers 24, Poster papers 44
Session E: Giant Function Ceramics
Chairman: Makoto Kuwabara (Univ. of Tokyo)
Oral papers 18, Poster papers 17
Session F: Function -Harmonized Oxides -Novel Properties of Transition
Metal Oxides- 
Chairman: Maki Kawai (RIKEN)  
Oral papers 13, Poster papers 26
Session G: Isolated and Condensed Systems of Clusters―From Nanoscopic
Speciality to Macroscopic Functionality ―
Kaoru Ohno(Yokohama National University)
Oral papers 24, Poster papers 28
Session H: New Materials and Technology for Single Electron Transistor
Chairman: Hitoshi Nejo(National Research Institute for Metals)
Oral papers 13, Poster papers 3
Session J: Smart Materials
Chairman: Shuichi Miyazaki(Tsukuba University)
Oral papers 33, Poster papers 32
Session L: Stochastic Models on Lattices
Chairman: Norio Konno (Yokohama National University)
Oral papers 31
Session M: Materials Frontier・Poster Session
Chairman: Tatsuo Noma(Tokyo University of Agriciltutre and Technology)
Poster papers 67



編集後記

 本号は、入戸野先生の巻頭言「やあこんにちわ」に始まり、トピックス、 東京工業大学精密工学研究所マイクロシステム研究センターの紹介、 第12回日本MRS学術シンポジウム報告等の内容を纏めたものです。 これら執筆にご尽力された諸先生方に厚く御礼申上げます。
 今世紀の一つの特徴として、新材料の発明は「時代を変えた」と云え ましょう。すなわち、ナイロン(1938年)、ペニシリン(1942年)、半導体 (1948年)の発明・実用化であって、その人間生活への波及効果は言及 不用でしょう。ここで2点留意すべきことがあります。第1は、上記新材料 開発には、高分子科学、医学、固体物理学といった「科学(基礎)研究の 成果」と「工学技術」の相補的発展があったことです。第2は、新材料の活 用の延長線上に、我々は「負の遺産」として地球環境問題を今世紀残して しまったことです。これより新世紀における材料科学技術推進の方向を探 りますと、
(1)新材料開発に携わる若き研究者・技術者の養成(科学技術教育)、
(2)地球環境問題解決へ寄与する先進材料開発、
に集約されるように思います。正に、本号の巻頭言では科学技術教育が 論じられ、研究所紹介やシンポジウムでは先進材料・システム開発、環境 調和型の新材料研究開発等の現状が記述されています。
 このような日本MRSの研究活動は、新世紀における「材料科学技術 振興」に寄与するものであり、さらにその役割は重要性を増すことでしょう。 今後とも皆様方の日本MRS研究活動への一層のご参加・ご協力をお願い する次第です。 (藤田安彦)