日本MRSニュース Vol.8 No.4 November 1996
新材料とデバイス
東京工科大学情報工学科 宮尾 亘
今世紀のエレクトロニクスのめざましい発展は、コンピュータを通して世界の社会構造を変え、高度情報化社会への道をばく進してきた。われわれの身体のまわりを考えてみても、マンコンなくしては現代社会の生活は成り立たなくなっている。この基礎技術は言うまでもなく半導体のマイクロエレクトロニクスの急速な進展である。21世紀には半導体メモリは、1Gビットの時代になろうとしている。この超微細加工の露光技術も、光から電子線、X線、SORへと開発が進められている。このような極限技術にも限界があり、シリコンからつぎの新材料への展開が強く期待されるところである。
21世紀の技術革新は、まず新しい材料の開発にかかっいるといっても過言ではない。よい材料なくしては、高性能のデバイスは生まれない。優れたデバイスなくして新しいコンピュータの開発はありえない。エレクトロニクスという巨大なピラミッドはこの3者の協力の上に成り立っている。とくに材料の開発はもっとも大事な基盤技術である。その意味でもMRSの活動は極めて有意義であり、今後の発展が望まれるところである。
著者も25年以上前に東芝で赤外線センサの開発を担当したことがある。センサの材料としては3元系の半導体材料である水銀カドミウムテルルで、その当時では新しい材料であり、輸入もできず自分で作らざるをえなかった。縦形ブリッジマン炉を設計し、試作することから始めた。温度の制御系、メカトロニクスなど殆ど自作した。現在のように便利な時代では考えられないことである。さらに、肉厚の石英管に高純度の原料を真空封入し、炉中にセットし結晶成長を行った。この材料は水銀の上気圧が高いため、水銀を原料中に閉じこめるため悪戦苦闘した。また成分比の一様なものがなかなか得られない。このようなオーソドックスな方法で結晶を作成しているところは現在ではないと思うかと、この苦労の体験が、その後の研究に大変役立っていることを実感している。
つぎにデバイス作りである。自作のインゴットからウエハに切り出して、赤外線センサを作ったが、最初は全く感度がなく失望の繰り返しであった。半導体材料としての特性は良好な値が出ているにも拘らず感度が出ない時期が続いた。材料とデバイス化の接点に技術的な問題があった。特に、この遠赤外線センサでは、液体窒素温度に冷却が必要である。基盤にサファイアを用い、その上に薄膜のセンサを固定している。さらに電極を取り出す。問題点を丹念につぶして行くうちに感度が出てきた。この時の喜びは未だに忘れられない。その後苦労を重ね、当時ではトップクラスのセンサの開発に成功し、実用化に結びつけた。
著者の恥ずかしい苦労談を書いたが、材料作りからデバイスとしての実用化を一貫して開発してきた経験からいえることは、これからは、材料屋、デバイス屋、システム屋という看板は外して総合技術としてのエレクトロニクスを発展することが極めて大切ではないかと思う。
21世紀は光エレクトロニクスの時代と言われている。光通信から始まり光コンピュータ、光情報処理など高速、高性能の光システムの研究開発が既に始まっている。しかも、その光は可視光に限らず赤外線、紫外線に領域を広げている。現に光通信は近赤外線に用いられており、さらに材料の開発により波長の長い方向に発展しようとしている。この時代の要請に応えるべく新材料、新デバイスの開拓は強く期待されている。この意味でも、これからのMRSの役割は極めて大切であり、国際的な交流を強め、広い視野に立って、全人類の平和と幸福に寄与して頂きたいと願うものである。
産業技術融合領域研究所
アトムテクノロジー研究体 産業技術融合領域研究所総合研究官 田中一宜
1.ねらいはどこに
茨城県つくば市に国立研究所が誕生した。平成5年(1995年)1月1日に発足した、通商産業省工業技術院・産業技術融合領域研究所(略称:融合研)である。融合研は、スタートしてから約4年が経過しているが、日本の国立研究所としてはかなり毛色の変わった運営を目指している。では、従来の国立研究所の(以下、国立研)とどこが違うのか? 名は体を表すというものの、略称の「融合研」からは、多くの人がまず核融合を思い浮かべるようだ。
しかし、正式の名称を素直に読めば、既存の研究領域を横断・融合することにより、さらに進展が期待できるような最先端の産業技術分野を開拓する研究所、ということになる。なるほど、これなら近頃はやりの学際・融合かと合点がいく。しかしながら、この主張自体は特別新しいものではない。ブレークスルーと呼ばれるようなコンセプトは往々にして異分野のせめぎあいから生まれることが多いし、また、横断・融合・学際は、研究本質でもある。このような考え方は、研究所の看板にしないまでも、多かれ少なかれ、どこの研究組織においても議論されることであろう。
本当のねらいは、あらゆる組織の壁を越えて、産官学・海外から研究者が参加・融合して集中共同研究が行えるような場を作るところにある。つまり、人の融合、文化の融合を、国立研究所という枠内でどこまで具体的に進め得るかの実験場が、融合研である。
2.なぜ必要か
融合研の誕生に際しては、それなりの動機と背景があるが、スペースの関係で詳細には立ち入れない。が、一言で言ってしまえば、国立研が「不滅の組織」であることに起因する諸問題が、動機としてある。国立研では、多少の評価はあると言っても昇格昇任は年功序列が基本、採用は永久地位が最初から保証された終身雇用である。年齢と経歴が重要な要因であり、研究実績は二の次になりやすい。若い有能な研究者に人と予算を重点的に付けて国際的グループを育成する、といったことは、「和を乱し、波風を立てる」ので難しくなる。健全な競争原理は働きようがない。和を尊ぶ組織運営から、年功を越えて個人を評価するシステムへ移行しつつある民間に比較すると、これは大きいハンディと言わねばならない。基礎研究は、個々の研究者の資質からスタートする純粋に属人的なものだからである。
かように官庁システムが本質的に内包する問題は大きく、また、総定員法という別の足かせもあって、国立研の高齢化も進んでいる。科学技術基本法による新しい制度の導入も、そう即効性を期待できないだろう。
3.具体的にどう進める
冒頭で述べたように、融合研は、基礎的かつ先端的な研究分野における学際的な研究テーマを取り上げるが、重要な特徴はそれらテーマを、国内の産官学が一堂に会し、かつ国際協調のもとに追求することを目標としているところである。つまり、「何をやるか」に加えて「いかに進めるか」を実験しようというわけである。目指すは、「開放性」、「流動性」、「国際性」であり「公正な評価による運営」である。当然、従来の国立研にはなかった仕掛けが幾つか用意されている。
その第一は、研究交流促進法、共同研究規定、ポスト・ドクトラル制度、省庁間の交流人事などをフルに活用し、研究所員の半分以上を産学および海外から招くことである。これは、「開放性」、「国際性」を保証する。後述するように、アトムテクノロジー・プロジェクトは、産官学が研究者が融合研に結集する集中共同研究方式によって運営される。
第二は、融合研所員は例外なく任期付きで任用されることである。事実、平成4年(1992年)8月に研究交流促進法の一部が改正され、日本人も外国人も期限付きの研究公務員として採用することが可能になった。融合研が独自に採用した公務員第一号は中国人研究者である。これは、国立研に最も欠けている「流動性」を促進するためのものである。
第三は、評価システムを導入すること。評価とは「よい仕事はよいと認め勇気づける」行為であり、意欲と能力に勝る研究者あるいはグループに、予算や人材配置に関して多くのチャンスを与えることである。できるだけ公正な評価を行うため、国際的な専門家集団による外部評価体制として、4名の外国人メンバーを含む評議員会が、国立研として初めて設置された。本年、4回目の会合が11月に開かれる。
国立研究所の長所は、基礎研究にとって不可欠の長期計画性が予算的に保証されている点である。しかしながら、「不滅の組織」にいて最初から永久地位が保証されている集団には、リスクを嫌う体質と高齢化という問題も内包されている。どうやって適度の緊張感とダイナミズムを持ち込むのか。その具体的な提案の一つがここに記した融合研という訳である。
融合研の初代所長は、学(東京大学先端科学技術研究センター)からお呼びした大越孝敬氏であるが、残念ながら一昨年他界された。現在の所長は、前東京工業大学長の末松靖晴氏である。
4.産官学で何をやる
新しい機能を装備した入れものに石ころを投げ入れるわけにはいかない。その機能がフルに生かされるような玉が必要である。
スタートにあたって三つのテーマが選定された。
(1)アトムテクノロジー(研究員数 20名)、
(2)クラスターサイエンス(同 9名)、
(3)バイオニックデザイン(同 9名)、
である。いずれも異なる分野を横断した融合領域のテーマであるが、現在のところ、産業科学技術研究開発制度のプロジェクトとして産官学の集中共同研究で運営されているのは、原子・分子極限捜査技術(略称:アトムテクノロジー)プロジェクトだけである。このプロジェクトではいろいろな意味でユニークな運営が試みられる。その輪郭を以下に述べよう。
本プロジェクトは、10年間250億円の予定で平成4年度にスタートした。その性格は、原子・分子の1個1個を精密に観察し操作する技術を確立することを目指した基礎研究プスグラムであり、新素材、エレクトロニクス、バイオテクノロジーなどの各種産業分野の共通基盤技術として位置づけられている。第I期は、平成9年度までの6年間に要素技術および支援基礎技術の研究開発を行う。
さて、このプロジェクトにおいては、産官学からの研究員が全員、融合研に結集し、集中共同研究を行う。大学や他省庁の国立研からの参加は、融合研に併任することにより可能である。工夫を施したのは、民間の研究者の受け入れ方法である。図1に示すように、民間企業からの参加は、平成5年2月に設置された技術研究組合「オングストロームテクノロジ研究機構(Angstrom Technology
Partnership: ATP)」への出向を通して行われる。産官学のイコールパートナーシップを確保するため、融合研とATPは、共同研究契約を結び、「アトムテクノロジー研究体(Joint Research Center for Atom
Technology: JRCAT)」という共通の名の下に、全研究者が融合研の研究棟において研究活動に専念する。これで、産官学の集中共同研究が可能になった。
平成8年9月現在、10研究グループ(理論2グループ、実験8グループ)で研究者100名を抱えている。内訳は、ATP(民間)から37名、融合研20名、その他の国立研から7名、大学から6名の教授・助教授と4名の博士課程学生、そして26名のポス・ドクである。研究内容は多岐にわたる。半導体表面上の原子操作、反応プロセス解析、ナノ構造形式、イオントラップによるクラスター形成、ペロブスカイト型マンガン酸化物の巨大磁気抵抗効果、第1原理計算による分子動力学、等々である。
見方によれば、複雑な組織下におけるすさまじい混成チームと見えるが、常に確認しあっていたのだが、「プロジェクトリーダーに全権を委譲し、融合研とATPのトップは実質的に口出ししない」ということであった。このことは、グループリーダーの決定から研究員の決定にいたるまで、プロジェクトリーダーの丸山瑛一氏を中心とした研究者側の議論ほぼ貫かれたことによって、確立している。
プロジェクトを集中共同研究で推進するというスタイルは、過去になかったわけではない。しかしながら、まず例外なく、時限の組織で行われている。今回のように、プロジェクトとは言っても上記のような基礎研究テーマを掲げる場合には、10年で充分というわけにはいかない。研究所の文化が生まれ定着するまでには時間がかかり、プロジェクトが終了しても、成果を何らかの形で蓄積して次に継続していく機能が必要である。融合研という国立研を舞台にすることの意味はそこにある。
5.問題はないのか
答は「おおあり」である。
従来の制度の中で、まったく異なる理念の研究所運営を「運用」だけでやろうというのだから実に多くの問題がある。「光」を目指せば、同時に「影」もでる。JRCATについてはかなり上手く回転しているが、融合研自体は、現在、最初の壁にぶつかりつつある。その詳細については、稿を改めたい。
連絡先 茨城県つくば市
通商産業省工業技術院
産業技術融合領域研究所
アトムテクノロジー研究体
電話 0298-54-2701
(続報その1 軽金属材料)
本誌(Vol.6、No.3、Nov.1994)に米国ライトパターソン空軍基地における材料研究の歴史および概要が紹介された。さらに詳細な紹介記事の連載が企画され、今回は「軽金属関係」について触れる。
1992年発行のブロッシェで軽金属関係ではアルミニウム押出し技術の技術移転と高品質アルミニウム合金鋳物のF-16エンジンインレットダクトへの適用が紹介されている。
研究所で開発された押出しダイスの設計や、プロセス技術が周辺の押出しメーカーに技術移転されているとのことである。
アルミニウム鋳物の航空機への適用についてはCAST(Cast Aluminum Structures Technology)という名のプログラムで1960年代から検討され、設計法の確立、製造工程の保証、非破壊試験法の開発等によって航空機部品への適用が可能になった。一般的に展伸材と比較すると鋳物には欠陥が多く、航空機などへ使用する場合は、溶湯の化学成分の厳格な管理、不純物の低減、鋳造方案の適正化などに注意をはらったプレミアム鋳物が使用されている。
たとえばJISのAC4CのAL-Si-Mg系合金鋳物は自動車用などに各国で使用されているが、この合金系で不純物の鉄を抑え、Mg量を少し多くして強度を高めたA357合金のプレミアム鋳物の研究がこの研究所で行われ、特に航空機用としてAMS(Aerospace Material Specification)-4241にD357-T6が1986年に規格化された。
一般用鋳物では、抜き取りで実体試験、X線透過試験などを行う程度であろうか。この規格では製品ごとに同じ砂型で、冷却速度が製品の一部と同程度になるようにチルを使用して板状の試験片を採取し、DAS(Dendorite Arm Spacing)を測定して引張り特性を保証するなど、詳細な手順が決められている。合金番号の前に特にDの文字がついているのはDASが微細なほど引張強度が高いことを強調する意味であろう。また、ARP(Aerospace Recommended Practice)1947ではD357合金のDASを非破壊的に測定する手法が規定されている。その後、この合金の高温特性、破壊靭性などが調べられた。報告書のいくつかは国立国会図書館科学技術情報室にマイクロフィッシュで所蔵されている。しかし、筆者が興味をもった鋳造方案の詳細が記されていると予想される、たとえばNorthrop社の報告書"Manufacturing Method for Process Effects on Aluminum Casting Allowables"(1985)は公開されていないようであり、他の報告書で引用はされているものGRA&I(Govermment Research Announcement & Index)にも記載はなかった。
航空機用の軽金属材料の研究対象は時代とともに変化し、70年代から80年代は急冷凝固耐熱Al-Fe合金が盛んに研究された。最近のテーマをGRAにより調べてみると、"Mechanical Property Data Base from an Ari Force/Industry Cooperation Test Program on Advanced Aluminum Alloys"(Rept. No. WL-TR-94- 4014)では、Inco社の軽量高強度Al-Li系合金IN905XI、AL905XL鍛造材の特性に関する調査が航空宇宙関係のメーカーや機関の共同研究で行われ、引張り特性や破壊靭性のデータベースが作成されていることがわかる。Allied Signal社製造の8009合金、Alcoa社のCZ42合金押出し材についても同様の調査が行われている。さらに、酸素繊維強化チタン合金基複合材料における高温疲労時のクラック伝播機構なども研究されており、研究活動は盛んである。
なお、1994年から本研究所のインターネットのホームページが開かれており、年2回の更新があって、各種のイベントや研究題目を知ることができる。(帝京科学大学・村上 雄)