独立行政法人へと移行する国立研究所
----- 新しい時代の科学技術に貢献するために ----
科学技術庁金属材料技術研究所長 岡田 雅年
20世紀の科学技術の進歩は隈なく世界の人々が月から地球を観測することを可能にした。地球の外から人類の生息圏を客観的に見ることによって環境、資源問題の重要性を認識し、さらに人類の共存について議論する根拠を初めて当然のものとして得たように思う。21世紀は、この様な制約下で持続可能な社会を築くために科学技術に携わる人間にまた大きな荷物を背負わせた。専門家として研究開発に貢献するとともに、その成果が社会に受容されるものであることが必須になったのである。
さて、このような理解の上で最近の日本の科学技術の体制の変革について話題を転ずる。この1,2年の経験は、特に私達国立研究所(国研)にとって未曾有のもので、中核研究機関の設立から始まって独立行政法人(独法)化まで様々な議論の渦中にあった。その結果2001年1月に省庁再編成が行われ、同年4月1日から、科学技術・産業技術関連の国研の大部分は、独法に移行することになった。独法は本来、業務のスリム化、効率化を目指すもので、従来の国研にとっては馴染みの薄い企業的な性格を持つが、一方では、予算執行を柔軟にする、組織・運営面の裁量権を広く長に委ねるなどこれまでの国研の足枷であった制約を取り除き運営に自由度が増す。また中期目標、中期計画を設定することにより運営に自立性、自発性、透明性を持たせ、事前関与を排し事後チェックを重視する。多くの国研は時代に対応した使命・目的を改めて設定し、新しい研究機関として発足する努力をしているところである。各国研が新たな視点から固有の使命・目的を如何に設定するかが重要な問題になる。材料研究を推進する国研が法人化するに際し考慮すべきことは何であろうか?
まず、物質材料研究分野で世界のトップに立つには如何にあるべきか?この議論は国研だけを対象にしては意味がなく、科学技術を担う大学、国研、企業が、機に応じた連携体制をとり、それぞれ特色ある役割を果たすべきであろう。特に、大学と国研の役割分担の設定が重要であろう。大学においては科学・技術を担う創造性豊かな人材の養成、個人の独創性を発揮し知的好奇心を追求した研究を、国研においては大学で生まれた研究の大規模な展開、重要な技術開発課題の集中的な研究、また国の安定のための持続的な研究を行なうべきであろう。98年度の「民間企業の研究活動に関する報告書」でも民間企業は両者にこのような明確な役割分担を求め、基礎技術研究費や先進技術研究費を減らし製造技術・開発研究に集中投資をする転換期を迎えているとしており、現状の大学、国研の成果に対する評価は厳しい。大学、国研から生まれた基礎研究がセクターを移行し、民間で経済効果を発揮するという知識循環図が描かれている。
材料研究に関し合理的な役割分担を検討する際、研究領域を俯瞰してみることが重要であろう。材料研究は全ての科学技術の基盤であると言われるが、これは新産業の創出に結びつく新材料研究という極めて能動的な立場から始まって、社会の安定、安全を保障する技術は材料信頼性の研究が支えているという一見受動的な立場まで、材料研究が支持している領域が広範であることを意味している。金属、無機、有機材料という構成元素による分類、結晶、超微粒子、非晶質という物質分類、構造材料、機能材料という特性分類、さらには、物質、材料、素材、原料等の切り口もある。材料とは、いわば出世魚の様なもので素材に色々な手を掛けて育てて完成するものである。また一方、研究の進展・多様化に伴い、超伝導材料、生体材料などの金属とセラミックス等の境界に存在する材料、製造技術、特性解析技術などの横断的な研究、あるいはシステム化を目指した材料など、境界領域にある材料研究開発の比重が増している。最後に狙う獲物が大きいほど、各分野・セクターの研究者・技術者の高度な専門性が要求されるし、また複数の専門機関の機動的な連携が必要になることも多くなる。
新世紀を間近にして、国立研究所の変革は、大学、企業との関連を議論しつつ進めなければ、効果の小さいものに終わるであろう。20世紀に月から地球を観測した場は、米ソによって築かれたが、21世紀の安心・安全な地球の存続には、是非、我々日本も貢献していきたいと願う。
エコマテリアルとしての鉄鋼製品(エコプロダクツ)
新日本製鐵(株)技術開発企画部部長 河合 潤
1. はじめに
地球温暖化をはじめ地球環境問題は、今日、人類にとって極めて重要で切実な課題となっている。地球文明の発達のみを追求し享受してきた人類社会にとって、今や持続可能な発展へどう取り組んでいくかが大きな命題となっている。 日本の鉄鋼業においても、近年、地球環境対応を企業活動における重要な課題と位置付けこの持続可能な発展に対して貢献すべく種々の取り組みがなされている。今回、こうした取り組みの中から、特にエコマテリアルとして環境対策へ貢献する鉄鋼製品についてその考え方や取り組みを紹介する。
2. 環境に優しい鉄鋼製品(エコプロダクツ)とは何か
(1)鋼材のライフサイクルと環境貢献
鉄鋼業として、鉄鋼の製造および製品の立場から環境に貢献するフェーズは大きく次の3つの段階が考えられる。 1) 鉄鋼製造段階(原料から鋼材生産まで) 2) 鋼材を用いて個々の製品を造る加工組立段階 3) その製品を使用する使用段階 第1の段階は鉄鋼の製造プロセスそのものであり、エネルギーや環境負荷の少ない製造プロセス、即ち、エコプロセスの確立である。 鉄鋼業はエネルギー使用量の大きい産業であり、オイルショックを契機に省エネルギー対策に積極的に取り組み、現在では世界トップレベルの省エネルギープロセスとなっている1)。 環境対策についても、大気汚染、水質、粉塵、騒音対策等、従来より種々の取り組みがされており、またさらに一層の改善を目指して引き続き多くの対応が検討されている。 第2の段階は鋼材を使用する需要家の製造プロセスの段階での貢献であり、ある特定の鋼材を使用する事により、その環境負荷の改善・削減が達成できるものである。例えば、加工工程の製造効率の改善や工程省略・簡素化などが計れるものを示している。 第3の段階は鋼材を用いた最終製品が使用される段階で環境に寄与するものである。例えば、自動車の燃費改善やモーターの高効率化などに貢献することである。 第2、 第3の段階は鉄鋼製品がマテリアルとして需要家や最終ユーザーに利用される段階で環境に貢献するものであり、即ち、こうした製品が環境に優しい鉄鋼製品=エコプロダクツと呼べるものである。
(2)「環境に優しい」とは
それでは、「環境に優しい」とはどういう内容かについて考えてみたい。この環境対応の区分は種々の見方があるが、大きく3つに分けて考えることができる。
1)CO2削減・省エネルギー対応
エコプロダクツを使用する事によりその工程や商品が高効率となるもの(例:自動車の軽量化,モーター効率向上)、製造工程の省略や簡素化に寄与するもの(例:プレコート鋼板による塗装工程省略など)、クリーンエネルギーの使用に貢献するものなど。
2)リサイクル・廃棄物削減対応
リサイクルし易い鋼材の開発、リサイクラブルな製品の設計に寄与するもの(例:家電リサイクル対応)、鉄鋼というそもそもリサイクルに適した材料であるスチールの用途拡大(例:スチールハウス)、長寿命化への貢献(例:高耐食性、高耐震性など)などがあげられる。長寿命化は廃棄物の削減や材料使用量の減少により、エネルギーの削減や資源節約に寄与するもので、特に、土木・建築のようなストック型の製品については大きな意味がある。
3)環境保全・環境改善対策
環境上有害または懸念される特定環境負荷物質を含まない製品(例:鉛フリー、クロムフリー)の開発。特に、特定物質が特別の機能向上として使用されていたものは、その機能性を維持することが必要である。
エコプロダクツを使用することにより利用段階の環境汚染防止や安全性向上に貢献するもの(例:衝突安全性向上)。 さらに、景観材料や抗菌対策、騒音対策に貢献するような良環境創造型商品などがあげられる。
3.各需要分野におけるエコプロダクツ
このような考え方に基いて、各需要分野毎にその要求に応えて開発されてきた主要な商品(エコプロダクツ)を表−1に示している。紙面の関係で詳細説明はできないが、興味のある方は是非参考文献2)をご参照頂きたい。
自動車分野では、燃費改善への取り組みに応えた高強度鋼板による軽量化への対応3)、また、衝突安全性に対応した衝突エネルギー吸収鋼板の開発4)などがあげられる。
家電やエネルギーなどの分野では、高効率電磁鋼板の開発によるエネルギー効率の向上、各種の高機能表面処理鋼板の開発による加工工程の効率化や耐食性の向上、そして、いわゆるグリーン購入要求に応える特定環境負荷物質フリー鋼材の開発などが成果をあげつつある。家電リサイクルやごみ発電のようなリサイクル・廃棄物削減への対応も大きな課題である。
建築・土木分野では、施工時の効率向上や工程省略・簡略化に寄与出来る製品の開発に加えて、やはり耐久性・耐食性・信頼性向上といった長寿命化への取り組みがこうしたストック型構造物の分野では重要である。また近年では、環境にコンシャスな対応として、騒音・振動対策のような環境対策、環境負荷物質対応、そして環境美化や景観材としての配慮などが考慮されるようになってきた。
船舶・鉄道等の輸送分野においても、自動車分野と同じく軽量化による輸送エネルギーの効率化や衝突安全性への対応としての鋼材開発が進められている。
4.スーパースチールの開発
鉄は従来から安価で大量に得られる高強度の素材として「強度部材」として使用されてきた。
しかし、この最も得意とする強度の領域に於いても、現在実用に供されている鉄鋼材料の強度は、大部分が鉄の理論強度に対して1/5〜1/10程度以下で使用されており、最高でも未だ半分以下の低い値に留まっている5)。
このことは、鉄鋼材料が未だ高強度化の大きな余地が残されていることを物語っている。一方、その余地を埋めて実用化を実現するためには、多くの場合に強度とは相反する特性である靭性などの最適組合せや一段のブレイクスルーが求められる。
このような命題を乗り越え、従来の鉄の特性を飛躍的に超える「鉄を超える鉄」という21世紀の夢の材料開発が「スーパースチール」であるといえよう。スーパースチールの開発は、現在、通産省や科学技術庁等により産官学連携で進められている。いずれも組織制御技術の開発により「超微細組織鋼」を作り、機械的強度や各種の機能を飛躍的に向上させ、純粋な鉄のもつ性能を極限まで引き出そうという開発である。
5.むすび
21世紀は「環境の世紀」と言われている。 全ての産業も今後環境を考慮せずには企業活動ができなくなるであろう。鉄鋼業は今日まで鉄の優れた特性・機能を生かして各種の環境対応商品(エコプロダクツ)をその要請に応えて開発してきた。 人類が鉄を発見して以来、鉄は安価で環境に優しい素材として、その文明の発展に貢献してきた。 持続可能な発展が叫ばれる今日、鉄のもつ特性・機能を極限まで活用することにより、21世紀もまた、鉄はエコマテリアルとしてますます活用されるものと思われる。
参考文献
1) 淺村 峻:第3回エコマテリアル国際学会Proceedings.34(1997)
2) 河合 潤:新日鉄技報,No.371,3(1999)
3) 滝田道夫:自動車技術展'98春期大会シンポジウム,
横浜, 1998
4) 寺門良二:IISI-31 PROMCO Panel Discussion, Vienna, 1997
5) 松尾宗次:いろいろな鉄.日鉄技術情報センター, 1997
表−1.各需要分野におけるエコプロダクツの例
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国立環境研究所の概要と材料研究との関わり
国立環境研究所社会環境システム部資源管理研究室長
兼地域環境研究グループ総合研究官 森口祐一
1. はじめに
地球温暖化、ダイオキシン、内分泌攪乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)など、昨今マスメディアで度々報じられている問題をはじめ、今日の環境問題は複雑、多様化しており、また、社会のあらゆる分野の活動と密接に結びついている。歴史的にみれば、鉱害や公害は、金属材料をはじめとする材料の生産と深い関わりをもち、また、今日、使い捨て型社会から循環型社会への転換の必要性が唱えられ、リサイクルへの関心が高まる中、「材料」は、環境問題と特に深い関わりをもつ分野のひとつと考えられる。
今回、環境問題を専門に研究する機関である国立環境研究所について紹介する機会を頂いたのは、こうした背景に立ってのことであろう。本稿では、筆者が所属する国立環境研究所の概要と最近の研究動向について紹介するとともに、材料に関連の深いと思われる研究をとりあげ、その内容について紹介する。
2. 国立環境研究所の沿革1)と現状
2.1 国立公害研究所時代
国立環境研究所は、昭和49年3月に国立公害研究所(以下、公害研と略記)として設立された。昭和46年7月の環境庁の設置から3年近く遅れての設立である。当研究所は、設立当初から筑波研究学園都市に設けられた。設立時は研究学園都市建設の初期で、社会基盤・生活基盤が未整備の状況であり、当時の職員はまず生活面で苦労したと聞く。
公害研時からの当研究所の特徴として特筆すべきことは、研究者の専門分野が、理学、工学、農学、医学、薬学、水産学、経済学など多岐にわたり、また、社会科学的研究への取り組み、関連研究の総合化といった点も視野に入れられていたことである。
さらに、光化学スモッグの発生、汚染物質の植物への影響、土壌中での物質移動など、環境中での現象を実験施設で再現する大型の「シミュレータ」が数多く整備され、プロジェクト研究に重要な役割を果たした。設立後、定員、予算額とも年々増加したが、定員は設立後約10年で約250名(設立当初の計画は約500名)で頭打ちとなった。また、予算もマイナスシーリングの中で、昭和50年代末には減少傾向に転じた。
2.2 国立環境研究所時代
創立10年を経て、研究所の将来計画の検討が開始されるとともに、環境研究に対する社会・行政ニーズにも大きな変化がみられるようになった。すなわち、「公害問題は危機的な状況を脱した」と評される一方、新たに地球環境問題、有害化学物質における環境汚染問題、自然環境保全問題などへの対応が求められるようになった。こうした中で組織改組の検討が進められ、平成2年7月に公害研は国立環境研究所(以下、環境研と略記)に全面改組された。なお、英語名称では、改組前から"Environmental
Studies"との表現を使っており、変更されていない。
改組後の組織の特徴は、社会ニーズに対応した課題に関して総合的なプロジェクト研究を行う総合研究部門と、シーズ創出や総合研究部門の支援等のための基盤研究部門が置かれたことであり、これらは研究の横糸と縦糸を構成するとされた。
総合研究部門には、地球温暖化、オゾン層、海洋汚染、森林減少などの問題を扱う地球環境研究グループと、交通公害、湖沼保全、有害廃棄物などを扱う地域環境研究グループが設けられた。「グループ」は部に相当し、その中に研究室に相当する「チーム」が問題ごとに設けられている。その後、地域環境研究グループには、開発途上国の環境問題を扱うチームが増設された。一方、基盤研究部門は、公害研時代の研究部を再編する形で、社会環境システム部、化学環境部、環境健康部、大気圏環境部、水・土壌圏環境部、生物圏環境部の6部が設けられている。
また、地球環境問題に関して学際的、国際的観点から、モニタリング、データベース構築、研究支援などを行うための組織として、地球環境研究センターが設置された。このセンターの予算が拡大したこと、環境庁の地球環境研究予算や科学技術庁の研究費などが増加したことなどから、改組前に減少傾向にあった予算は環境研への改組を機に再び大きく増加に転じ、現在は改組前の約2倍にまで規模が拡大している。これに加えて、公害研時代から数度にわたる補正予算により施設・設備の拡充が進んだのに対し、人員はほとんど増加せず、設備や予算の割に人員が不足している。環境問題の多様化とあいまって、一人の研究者が多数の研究課題を抱える状況も珍しくなく、筆者自身もその一人である。
3. 環境研究の動向と材料との関わり
3.1 ピコグラムからギガトンまで
環境研は、本年6月、東京・イイノホールで「21世紀の環境研究の展望」をテーマに掲げた公開シンポジウムを開催したが、その中の「ギガトンの氾濫とピコグラムの反乱」と題するセッションの企画を筆者が担当した。「モノ」と環境問題の関わりを考える上で、この企画の趣旨が参考となると思われる。 従来の公害問題は「ppm」という単位に象徴されてきた。これに対し、昨今ではダイオキシンや内分泌撹乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)のように「ピコグラム」単位のごく微量の物質が、人間の健康や生存に大きな脅威を与える恐れがある。ダイオキシンの非意図的な生成や、合成化学物質による全く新たな影響の可能性は、こうした問題を科学的に制御可能と考えてきた人間に対する「反乱」とも受け取れる。一方、大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会は、廃棄物処分場容量の逼迫といった問題を顕在化させるにとどまらず、地球上の資源や環境容量の有限性の下で、持続可能な発展の大きな障害となる。「ギガトン」単位の資源の浪費・使い捨ての「氾濫」から、循環型社会への転換が求められている。これら2つの問題は一見全く異なるものの、人間が豊かな暮らしを営む上で、「物質」をどのように利用し、管理していくかという点において、共通の課題である。 公害研時代以来、研究者の大半は、おもに自然科学的手法を用いた環境中での現象の解明や、環境の変化が人間や生物に与える影響の解明に取り組んできている。最近では、社会の関心を反映して、上記の「ピコグラム」の問題、すなわちダイオキシンや環境ホルモンに関する大規模な研究が開始されている。これに対し、対策技術や政策の研究に携わる研究者は比較的少数であるが、社会ニーズの変化に応えていくには、環境問題の発生構造にまで遡った研究が求められている。中でも、「ギガトン」型の問題の典型である地球温暖化対策に重点がおかれ、さまざまな技術や施策をどのように組み合わせて対処すべきかを検討するための統合モデルの開発や、諸対策技術の中から、真に効果の大きなものを選び出すための技術評価などの研究に取り組んでいる。
3.2 ライフサイクルアセスメントとマテリアルフロー分析
環境研が取り組んでいる研究分野は極めて広い。材料に直接に関連するものは限られているが、筆者自身が中心的に取り組んできた研究課題の中から、ライフサイクルアセスメント(LCA)およびマテリアルフロー分析に関する研究について簡単に紹介する。
LCAは、「ゆりかごから墓場まで」の環境影響の評価手法といわれるように、評価対象とする製品や技術などが環境に与える影響を、原料の採掘にまで遡って、また、使用のあと廃棄される段階までを見据えて評価しようとするものである。LCA研究は、「エコマテリアル」研究とも密接に関連しており、材料分野でも既によく知られていると思われる。
環境研におけるLCA研究2)は、先に触れた地球温暖化対策のための技術評価研究から派生した。温暖化対策においては、「ライフサイクル的思考」は極めて重要である。すなわち、使用段階で省エネ、省CO2となる製品や技術であっても、生産段階や廃棄段階でこれを帳消しにするのでは意味がない。例えば、自動車はその使用段階のCO2排出が大きく、車両の軽量化は燃費向上・CO2排出削減に有効と考えられるが、軽量化材料(例えばアルミニウム)の生産段階では、従来の材料と比較して、より多くのエネルギー消費やCO2排出を伴う恐れがある。また、ハイブリッド車や電気自動車は、温暖化対策と大気汚染防止の両面で有望な技術であるが、従来の技術に比べて、非鉄金属の使用量が増加すると考えられ、採掘・精錬時の環境影響や資源消費の観点からの評価が必要と考えられる。LCA研究のうちインベントリー分析では、自動車に関するもののほか、材料により直接的に関連する分野として、飲料容器などの容器・包装材の比較評価や、これらのリサイクルによる環境負荷低減効果の評価を行っている。また、インパクト評価に関しては、評価対象とすべきインパクトカテゴリーの選定やインパクトカテゴリー間の重み付けを多様な主体の参加・合議により行う手法の検討、地域性をとりいれたインパクト評価手法の開発などの研究を行っている。
一方、マテリアルフロー分析(MFA:マテリアルフロー勘定とも呼ばれる)は概念的にはLCAのインベントリー分析と多くの類似点をもつが、LCAが主に製品などミクロな対象に適用されるのに対し、主に国全体などマクロな対象に対して適用される。図1に日本におけるマテリアルフロー分析を示す。MFAは、分析対象に対するシステム境界を定め、そこに入力される資源・エネルギーの総量や、そこから出力される製品、副産物、廃棄物などの総量を計量し、「モノ」の流れを俯瞰的に把握するものである。資源の消費や廃棄物の発生を量的に表す指標を導き、先に触れた「ギガトン」型の環境問題への注意を喚起したり、省エネ・省資源型の社会への転換を考える際の現状認識のための基礎資料として有用と思われる。環境研は、米国、ドイツ、オランダとともに、環境から経済への資源投入総量の国際比較に関する共同研究を行い、平成9年4月に報告書を共同出版した3)。一人あたりの資源の直接消費量は、他国とほぼ同水準にあった。この共同研究では、資源採掘時に鉱山で発生する廃棄物など、一度も経済活動に投入されない「隠れたフロー(エコロジカル・リュックサックとも呼ばれる)」にも目を向けた。その量は、石炭への依存度の小さいわが国は他国より小さかったが、非鉄金属など、大半を輸入に頼る材料資源については、資源産出国で生じる隠れたフローが大きく、今後LCAでも、輸入資源採掘時の環境影響評価が重要課題となるであろうことが示唆された。現在、オーストリアを加えた5ヶ国の間で第U期の共同研究として、経済から環境への廃物排出総量の比較を実施中である。
4. おわりに
行政改革・省庁再編の中で、環境庁は環境省となる一方、環境研は、他の多くの国立試験研究機関と同様、2001年春には独立行政法人へとその姿が変わる。組織の形態がどのようなものであれ、解決すべき環境問題が山積する中で、重要な研究課題を見極め、社会からの要請に応えた研究成果を出していくことが求められることには変わりはない。むろん、当研究所の200名に満たない研究者で全てを担えるものではなく、また、環境問題の性質から考えても、多分野の専門家との連携・協力の下に問題解決に取り組むことが合理的である。材料研究分野における「エコマテリアル」研究のように、各分野における環境問題に取り組みが進められる中に、環境研における研究成果が効率的・効果的に貢献できるよう、今後とも交流を深めさせていただければ幸いである。
[参考文献]
1)国立環境研究所20年史編さん作業部会編:国立環境研究所の20年 −環境の世紀に向けて−,374pp,1994.
2)第3回エコバランス国際会議講演集(講演番号3-1,3-8,10-4,10-5,16-9,16-10,16-11),1998
3) Adriaanse, et al.: Resource Flows, -The Material Basis of Industrial
Economies, World Resources Institute, 66pp, 1997.
IUMRS-ICAM99(北京)報告
(編集委員長 日大理工 山本寛)
6月13日(日曜日)成田を発って、北京に向かう。会場となった北京国際会議場に隣接したBeijing
Continental Grand Hotelで早速レジストレーション。ところが、数百人に対して受け付けデスクは一つ。延々1時間近くかかって終り、ほっと一息。効率なぞ頭から度外視した中国的洗礼と言えば良いのであろうか。夕刻のレセプション会場にて食事と飲み物。会場には溢れかえる人そして人。これで二つめの中国的洗礼。月曜日、午前中オープニングセレモニー。C−MRS会長リー教授の挨拶には会議にかける意気込みが感じられる。会場となったホールはほぼ満員。会議の概要はシンポジウム36件、関連フォーラム4件、発表件数は約1000件、参加者総数は約1700名とのこと。江崎先生はじめプレナリー講演は盛況。午後からは各セッションに別れてスタート。
火曜日、午前中の総合的講演に引き続き午後のセッッション。夜はバス約20台をしたてて皆で紫禁城入口の広場まで出かける。中山公園の音楽ホールにて会議主催の中国民族音楽コンサート。伝統的、魅惑的な音楽を堪能して2時間は忽ちに過ぎ、中国的洗礼三つめ。
水曜日も同様なセッションプログラム。午後後半はポスターセッション。数時間ではとても見切れない量のポスター発表件数。またこの日、午後からIUMRS10周年記念会合が開催された。初代、チャン教授はじめ歴代の会長の挨拶や表彰。日本MRS会長として梶山先生も感謝状を頂く。(写真)その後、ボードメンバーや各国MRSの代表一同で北京市北西に位置する西太后の再建で有名な頤和園を尋ねた。夜は園の中の聴麗鳥館にて懇親の晩餐会。京劇を観ながら、中国式歓待に恐れ入って中国的洗礼の四つめ。
木曜日も同様なセッションプログラム。ただし、時間に追われ、各セッションプログラムの進行・運営にはかなり無理があったよう。夕刻、人民大会堂大宴会場にてバンケット。千畳敷きを優に超える巨大なフロアー、とんでもなく高い天井、千人を超える客、200名を超えるウエイター・ウエイトレスのサービス、ただただそのスケールに圧倒されて五つめの中国的洗礼。
金曜日もほぼ同様なセッションプログラムで最終日。残念ながら私は所用で参加できずに、午後帰国。
今回、久しぶりに沢山の友人達と出会えたことも、幅広い分野を網羅したMRS関連の国際会議ならではの醍醐味であった。一言でまとめれば、運営には多少無理はあったかもしれないが、量的に盛大であり、客をもてなす心づかいに溢れ、中国材料研究者のパワーを強く感じた会議であった。
シンポジウム報告
第3回シンポジウム・バイオミメティック材料工学
平成11年7月15日(木) 愛知県産業貿易舘西館(名古屋市中区丸の内2-4-7)
名古屋大学大学院 工学研究科 杉村 博之
昨年7月、本年3月の第1回、第2回シンポジウムに引き続いて、6名の講師の先生方をお招きして、第3回目の『バイオミメティック材料工学』シンポジウムが、名古屋にて開催された。参加者数は59名であった。以下に、シンポジウムのプログラムと講演内容の概略を記す。
1.『主催者あいさつ』名古屋大学大学院工学研究科 高井
治氏
2.『人工歯根用複合材料の開発と問題点』
鶴見大学歯学部 尾口 仁志氏
高速ジェットフレーム溶射法によるチタン合金上へのヒドロキシアパタイト被覆およびその歯科用インプラントとしての臨床応用について講演が行われた。「失敗例からこそ教訓が得られる」と、うまくいかなかった臨床例の紹介もあり、人工的に生体材料を代替することの難しさを改めて認識することができた。
3.『アパタイトのバイオメディカル分野への応用』 旭光学工業(株)医療機器事業部 小川 哲朗氏 小川氏らが80年代前半から研究開発を続けてきている、ヒドロキシアパタイト関連材料の事業展開について講演があった。特に、焼結方法の最適化により微細構造を制御した人工骨材料アパセラムについて、その基本特性と臨床応用の現状について詳しい説明があった。
4.『生体融合性チタン合金素材の研究開発』 豊橋技術科学大学 新家 光雄 現在使われている生体用チタン合金にはバナジウム等の毒性元素が含まれている。そこで、毒性の無い添加元素による生体用チタン合金の開発が進められている。本講演では、その実用化に向けての産学共同研究プロジェクトの研究成果が紹介された。
5.『無機有機メソ構造体合成とその展開』 新エネルギー・産業技術開発機構 木村辰雄氏, 早稲田大学理工学部 黒田 一幸氏 アルミノリン酸系メソポーラス材料の合成、メソ細孔内部の表面修飾によるメソポーラスシリカの物性制御、メソポーラスシリカを用いた生理活性物質の濃縮・分離について講演された。また、無機有機メソ構造体合成のいきさつとその研究の歴史について述べられた。
6.『バクテリアによるバイオミネラリゼーション』 金沢大学理学部 田崎 和江氏 ”バイオマット”というわれわれ材料屋にとっては耳慣れない言葉から講演が始まった。バイオマットとは温泉の周囲や排水溝等に普遍的に見られる微生物の集合体のことを指す。そのバイオマット中で、バクテリアが周囲の環境に応じて金属イオンを濃縮し鉱物を形成していく過程について、興味深い話が紹介された。
7.『ソフト溶液プロセスによる機能性セラミックスの創製』 東京工業大学応用セラミックス研究所 吉村 昌弘氏 環境にできるだけ負担をかけない環境調和型材料プロセスの開発を目指し、主として水溶液を用いて高機能材料を合成するソフト溶液プロセスについて、そのコンセプトおよびこれまでの研究成果等についての講演がなされた。 シンポジウム終了後、交流会が開かれ、2時間ほど歓談および議論に興じた。なお、本シンポジウムは、日本MRSおよび財団法人・科学技術交流財団、名古屋大学・理工科学総合研究センターとの共催によって開かれた。御協力を頂いた科学技術交流財団の事務局の方々および名大・理工総研の興戸教授に感謝致します。
昨今の経済見通しでは、長期間続いた経済不況から脱する気配があると伝えられ、ほのかな希望が見えて来たように思えます。この不況下で最もよく使われた言葉は「リストラ」でしょう。人件費の節約を含めて、システムを合理化するという考え方は、民間企業のみならず、官公庁にも浸透しました。また、もう一つ今までと異なることは、深刻な不況の最中でも、環境問題が軽視されたことはなく、闇雲の経済発展ではなく地球環境の境界条件の中での最適化問題と捉えられたことです。今や材料研究にとっても、リストラや環境問題は、正面切って取り組むべき問題になりました。そこで、本号では、巻頭言「やあこんにちわ」で金属材料技術研究所所長の岡田雅年氏により、独立行政法人化の渦中の考えを披露して頂き、「トピックス」としては、民間企業での環境問題への取り組みとして新日鐵鰍フ河合潤氏にエコプロダクツ関連の話題を取り上げて頂き、さらに「研究所紹介」では、環境問題の中核である国立環境研究所の森口祐一氏により、材料との関わりに触れつつ、研究所の活動を紹介して頂きました。日本MRSでは、事務局(鉄腕:清水祐子女史ら)がてんてこ舞いの忙しさですが、活発化の証明ではないかと考えております。本ニュースも企画性を高めて充実していこうと編集委一同頑張っております。 (岸本直樹、林 孝一)