日本MRSニュース Vol.13 No.4 November 2001
バイオ膜研究への期待
明治大学理工学部教授
仲川 勤
私ごとで恐縮であるが、昨年5月、高分子学会より平成11年度高分子科学功績賞を授与された。その功績は永年にわたる「高分子膜の低分子透遇性に関する研究」で、奇しくもその年の秋、ノーベル賞を受賞された白川英'樹先生と並んで授賞式にのぞむことができた。高分子膜の低分子透過性に関する論文の中に、血液透析膜の論文が一つだけあるが、もっと徹底的にやるべきであった、と後悔している。まさか自分が透析を受ける立場になるとは思わなかったから。今、現役の透析患者として、この副題で巻頭言をお引き受けした。現在、'日本MRSの理事をおおせっかっているが、理事会等の会議には出席が不可能な状態にある。透析の曜日の変更ができないからである。血液透析とはそれほど厄介なものなのである。
今、透析の患者は日本だけで、206,000〜207,OOO人といわれている。一度透析を宣告されたら、生涯二度と脱離できず、週に3回、一回の透析時閻は止血もふくめれぱ、およそ4時間半、ベッドにくぎづけである。このため、杜会的活動は当然、著しい制約を受ける。おまけに、残存している腎臓の機能は日に日に低下し、一回の透析に抜かれる水の量は、ついには5〜7リットルに達する。もちろん、体力は衰弱する。もうこれは、終身刑以上に残酷な処置なのである。さらに、副作用もある。こんなことなら、いいかげんな血液透析膜などなければよかった、と思うぐらいである。これで一回の治療費45,000円、月額450,000円を要する(ただし自己負担はなし、難病者扱かいだから)。おおよそ「治療」と呼べるようなものでなく、「人間生殺しの処置」である。おまけに、患者の目線で接してくれる腎臓医はきわめて少ないと思ったほうが良い。血液透析は腎不全の患者が受けるとは限らないようで、心不全が起こりやすいと診断されても、血液透析を宣告される場合もある。
話が、どうも生々しい方にそれてしまった。透析膜としてのバイオ膜材料について、述べる前置きが長くなった。現在の透析膜は血液申の老廃物クレアチニン(分子量113)、尿酸(分子量168)などの低分子量の物質と高分子量の蛋白質量(分子量50,000以下)の物質を除去するとされている。もちろん、前述の多量の水も除水するから、簡単にいえば、分子量分画のちょっと厳しい限外濾過膜に過ぎない。低分子量物質は濃度勾配を駆動力とする拡散で、水は圧力差を駆動力とするポンプで抜いている。血液適合性は重要であるが、これは血液凝固を防ぐへパリンの添加でごまかしている。私が指摘したいのは、こんなものはバイオ膜でもなんでもないということである。微細な孔径を制御した物理的な「多孔膜」にすぎないのである。現在の膜材料はセルロース系とポリスルホン系に大別されている。
現在の血液透析膜はほんの一部の物質の透過性を議論しているに過ぎない。血液中には、微量の生理活性物質であるホルモンなど、多数の物質が含まれているから、これらの物質も血液透析中に容赦なく除去されていく筈であるが、腎臓医はこれについては、全く無知である。腎臓の機能はもっと高度であり、本当に必要でないものしか通さないし、たとえ通したとしても、その回収機能が働いている筈である。
私は、透析をはじめて、手、足の一先端の「しびれ」に悩まされている。これは血液中の成分のバランスが崩れたものとの診断である。血液透析を続ける限り進行するであろうし、つまり死ぬまで悩まされることを意味する、もし、画期的な血液透析膜が開発されない限り。これから開発されるべきバイオ膜は、血液申の有用な成分の透過を化学的な作用で阻止する膜であるべきである。先ず、血液中のあらゆる成分を解析し、それとの関連で膜構造を決定すべきである。これこそ期待されるバイオ膜材料である。単に親水性膜では片づけられない。幸いにと言うべきか、日本MRSの本年度の年会で、バイオ材料に関連した「自己組織化材料とその機能」が取り上げられた。喜ばしいかぎりである。今後も継続してほしいものである。
1. はじめに
近年のパワー半導体素子の著しい性能向上に伴い,民生用機器や産業用機器におけるパワーエレクトロニクス技術の適用範囲が大きく拡大している。電力分野においては,直流送電システムや周波数変換所,無効電力補償装置,分散電源連系のための高性能交直変換装置,高速電力制御のための静止型半導体開閉装置などの技術開発が望まれている。分散電源や電力貯蔵装置を含む将来の電力系統においては,パワーエレクトロニクス技術を用いた電力変換容量は益々増加するものと考えられ,パワーエレクトロニクスの心臓部となるパワー半導体素子の一層の高効率化,高電圧・大容量化が,電力を効率よく変換して信頼性高く制御するための重要な技術課題の一つとなっている。
シリコンカーバイド (SiC) 単結晶は シリコン (Si)
単結晶に比べて,約 10 倍の絶縁破壊電界強度 (?3 MV/cm), 約 3
倍の熱伝導率 (?4.9 W/cmK)
を有するとともに,比較的大きな電子移動度 (4H-SiCで?1000 cm2/Vs)
を持つことから,従来の Si
系パワー半導体素子に比べて飛躍的な性能向上を実現可能とする半導体材料として期待されている。このことから,多くの研究機関において
SiC 半導体素子に関する研究開発が精力的に進められ,SiC
単結晶基板,エピタキシャル結晶成長,素子形成などの分野において長足の進歩がなされてきた。現在では,直径
3 インチまでの 4H-SiC, 6H-SiC 単結晶基板が市販され,直径 2
インチのものではマイクロパイプと呼ばれる中空状結晶欠陥密度が市販レベルで
15 個/cm2 以下に達している。最近では Si
の性能限界を超えるショットキーダイオード(1-5)や MOSFET(6-8)
の報告が相次いでなされるとともに,耐電圧 19 kV を超える pn
ダイオード(9)の報告がなされるなど高性能 SiC
素子の開発が着実に進み,600 V 級の SiC ショットキーダイオード(5)に関しては市販開始に至っている。このような高性能
SiC
素子の実現の背景としては,低ドーピング濃度かつ高品位のエピタキシャル結晶成長か可能となったことや,界面形成技術,素子終端部の電界緩和技術の開発が進められたことによるところが大きい。
高電圧素子用のエピタキシャル膜には,厚膜であることと同時に,低ドーピング濃度であることが要求される。例えば,耐電圧として
30 kV を得るためには,膜厚 200 μm以上,ドーピング濃度 1013 cm-3
オーダーのエピタキシャル膜が必要とされる。さらに,高電圧・大面積
SiC
素子の実現のためには,エピタキシャル結晶成長時に発生する結晶欠陥の極小化が必要となる。以上の背景から,我々は,厚膜化や高品位化を目指した
SiC エピタキシャル結晶成長技術の開発に取り組んでいる(10-12)。
2.
エピタキシャル結晶成長装置
我々が今回開発した気相エピタキシャル結晶成長装置の模式図を図
1
に示す。反応管には縦型水冷2重管を採用した。キャリヤガスならびに反応ガスは,炉の下部より導入し,炉の上部より排出する構造とした。ガスの流れを下から上へ向かう方向とすることにより,ガスの流れと自然対流の主方向とを一致させている。試料加熱法には,ホットウォール方式を採用した。ホットウォールの加熱は高周波誘導加熱により行った。ホットウォールの外周には,カーボン断熱材を設置している。サセプタは楔形をしており,加熱時にはホットウォールの内部に配置される。基板は成長面が斜め下方に向くようにサセプタ上に設置される。サセプタには,最大で直径
2-inch の基板が 2
枚まで設置可能である。この配置においては,主にホットウォールに高周波誘導が加わり,基板ならびにサセプタはホットウォールからの輻射によって加熱されるため,サセプタの形状,位置に大きな自由度が得られるとともに,減圧下においても基板温度の高温化が容易である。ホットウォール内に配置されるサセプタの温度は,ホットウォールよりも少し低い温度となるため,結晶成長中にサセプタは
SiC により in-situ
コーティングされることになる。さらに,基板は基板背面のサセプタ表面よりも少し高い温度となるため,エピタキシャル結晶成長中に基板の裏面にサセプタ上の多結晶
SiC が堆積されなくなるという利点を有している。
ガス系には,キャリヤガスとして H2, 反応ガスとして SiH4, C3H8 , n
型ドーパントガスとして N2, p 型ドーパントガスとして Al(CH3)3
を用いた。エピタキシャル成長には,市販の 8? off 4H-SiC(0001)
基板を使用した。
図 1 SiC
エピタキシャル結晶成長装置(縦型輻射加熱式反応炉)の模式図
3.
厚膜成長
膜厚が数十μm以上の厚膜エピタキシャル結晶成長には,成長時間の短縮のために成長速度の高速化が望まれる。図
2 は,成長温度 1530℃(サセプタ上面温度)における成長速度の炉内圧力依存性を示す。水素流量は
10 slm 一定としている。成長速度は炉内圧力に強く依存し,45 Torr
前後で最大となった(11)。成長温度 1530?1560℃,炉内圧力 40?50 Torr,SiH4
流量 30 sccmに対する典型的な成長速度は 13?16 μm/h
で,従来の横型コールドウォール式反応炉における成長速度(3?5 μm/h
程度)に比べて数倍の成長速度が得られている。
図 2 4H-SiC に対する成長速度の炉内圧力依存性
一般にエピタキシャル膜厚の増加に伴って表面のラフネスが増加する傾向あるため,厚膜エピタキシャル結晶成長にはモフォロジー制御が重要となる。エピタキシャル膜のモフォロジーは,原料に用いる SiH4 と C3H8 の流量比(C/Si 比)に大きく依存することが判明している。今回の実験において,良好なモフォロジーは C/Si 比=0.8 前後で得られ,C/Si 比=0.9?1.0 以上ではマクロステップバンチングが発生した。図 3 は,膜厚 150 μm の 4H-SiC エピタキシャル膜に対する原子間力顕微鏡像を示す。成長温度は 1530℃,C/Si 比は 0.8 とした。10 μm×10 μm 範囲に対する rms ラフネスは 0.20 nm であり,良好な平坦性が得られている(11)。最近では,膜厚が 240 μm以上の非常に厚いエピタキシャル膜に対しても同等なラフネスが得られている(12)。
図 3 膜厚 150 μm の 4H-SiC エピタキシャル膜の原子間力顕微鏡像
厚膜化のための成長時間の増加や,高速化のための成長温度の上昇は,高温部材の寿命低下あるいは高温部材からの不純物汚染を誘発させて高純度化の妨げとなり得る。このため,厚膜化と同時に高純度化を両立させるための技術開発も重要となる。図4 は,膜厚 150 μm の 4H-SiC エピタキシャル膜に対するフォトルミネッセンス測定結果を示す。フォトルミネッセンス測定には HeCd レーザー(325 nm)を用い,測定温度は 8 K,測定分解能は?1Å とした。バンド端領域では,自由励起子による発光(図中で I77 と標記)が支配的となっており,窒素に束縛された励起子(図中で Q0, P77 と標記) は比較的弱くなっている。また, Al や B に起因する発光は観測されないことから,得られた膜が高純度であることが示されている。同試料に対する C-V 測定によりドーピング濃度は Nd-Na=1×1014 cm-3 と求められた。また,SIMS 測定より,Al, B, Ti, V, Cr の混入量はそれぞれ 1×1014 cm-3 以下であることが確認された(11)。このように,厚膜かつ高純度の 4H-SiC エピタキシャル膜が得られるようになった。これまでに,Nd-Na=2×1013 cm-3 の非常に低いドーピング濃度のエピタキシャル膜も得られている(10, 12)。真性欠陥の低減が今後の課題として挙げられる(12)。
図 4 膜厚150 μmの 4H-SiC
エピタキシャル膜に対するフォトルミネッセンス測定結果(励起レーザー波長
325 nm,測定温度 8 K,測定分解能?1Å)
以上,厚膜 4H-SiC エピタキシャル結晶成長に関する我々の研究内容を紹介した。今後は,真性欠陥の低減,少数キャリヤライフタイムの向上・制御技術の開発など厚膜エピタキシャル結晶成長技術のより一層の向上を図るとともに,大電流化を目的としたマイクロパイプの閉塞技術の開発を進める計画である。
参考文献
(1) H.M. McGlothlin, et al., IEEE Dev. Res. Conf., CA (1999).
(2) T. Tsuji, et al., Mat. Res. Soc. Sym. Proc. 640 (2001).
(3) F. Dahlquist, et al., Mat. Sci. Forum 338-342, 1179 (2000).
(4) D. Peters, et al., Mat. Sci. Forum 353-356, 675 (2001).
(5) R. Rupp, et al., Mat. Sci. Forum 338-342, 1167 (2000).
(6) K. Asano, et al., Proc. ISPAD'01, 23 (2001).
(7) J. Tan, et al., IEEE Electr. Dev. Lett. 19, 487 (1998).
(8) R. Schörner, et al., Mat. Sci. Forum 338-342, 1295 (2000).
(9) Y. Sugawara, et al., Proc. ISPSD'01, 27 (2001).
(10) H. Tsuchida, et al., Mat. Sci. Forum 353-356, 131 (2001).
(11) H. Tsuchida, et al., Mat. Res. Soc. Sym. Proc. 640 (2001).
(12) H. Tsuchida, et al., J. Crystal Growth (to be published).
連絡先: (財)電力中央研究所 機能材料部 土田秀一 〒240-0196 横須賀市長坂 2-6-1 Tel: 0468-56-2121, Fax: 0468-56-5571 E-mail: [email protected] |
日本MRS山口大学支部および山口大学大学院医学研究科応用医学工学系
日本MRS山口大学支部長 山口大学大学院医学研究科 応用医工学系 (工学部機能材料工学科)
教授 後藤 誠史
1.はじめに
今、日本の国立大学は、厳しい批判を受け、「独立法人化」であるとか「top
thirty」というレールが敷かれようとしている。これより先に、自己点検・自己評価をきちんとしなければならない。また、大学における教育も、あるルールに則って評価し、評価されなければならないという時代になってきた。この中で山口大学工学部では、大学教育におけるJABEEによるカリキュラムの認定制度が議論された。この認定制度は、される側も、審査する側の学会も大変なようである。山口大学工学部の機能材料工学科は、それぞれのスタッフがそれぞれ専門の学会に所属して活動しており、共通の学会がなかった。このような状況の下で、機能材料学科の若手の先生方が中心となり、日本MRSに、山口大学支部創設のご相談をした。そして第11回年次総会において、今まで支部のなかった日本MRS学会に、初めて、しかも大学の名を冠した支部の設立が認められた。せっかく許されたユニークな支部を、ユニークな活動で成果をあげたいと願っている。ここで、支部としての活動、および、一部会員に関係する、本年度からスタートした、ユニークな山口大学大学院の独立専攻、医学研究科応用医工学系の紹介をする。
2.支部の活動状況
創立後2年、山口大学支部は、山口大学工学部の物質系の教官、学生の40名弱の会員からなっており、学術講演開、研究発表会を中心に活動してきた。また、発足時期には、日本MRS本部の協賛を頂いた講演会も開催している。活動経過を以下に述べる。
(1)柳澤和道氏(高知大学教授・理学部附属水熱化学実験所所長)による講演会。1999年10月、常盤工業会館(宇部市)。「水熱プロセスの現状と将来」と題し、有力な材料合成プロセスのひとつであり、また、環境汚染物質の処理・リサイクルにも有効な水熱法に関し、単結晶の合成、超微粒子の合成、水熱ホットプレスによるセラミックスの作製法などを中心に、水熱プロセスの現状と将来展望を紹介された。
(2)青木秀樹氏(国際アパタイト研究所所長、山口大学客員教授)による講演会。1999年11月、山口大学地域共同研究開発センター(宇部市)。「驚異の生体物質アパタイト」と題し、生体機能物質として代表的な水酸アパタイトの合成、物性、生体内での評価を中心に、アパタイトの魅力と将来展望が紹介された。
(3)塚原園子氏(日本真空技術、真空技術教会研究部長)、橋口真宣氏(流体物理研究所)、栗巣普揮氏(山口大学工学部)、松尾直人氏(山口大学工学部)らによる講演会。2000年1月、常盤工業会館(宇部市)。「新しい真空材料・プラズマプロセス技術」と題し、超高温材料の表面処理技術について、あるいは、プラズマプロセス中での、電子、分子衝突過程から、実際の電磁場条件下での半導体微細加工に利用できる条件を流体計算を基礎にしたシステム構築の紹介、山口大学で取り組んでいる真空材料の開発、真空技術に関する研究の紹介がなされた。
(4)Dr. Floyd Sandford氏(Prof., Coe College, Iowa, USA)、および、北島圀夫氏(信州大学工学部教授)による講演会。2001年7月、山口大学地域共同研究開発センター(宇部市)。「しなやかなセラミックス」と題し講演があった。Sandford氏は生物学者であり、spongeの研究をされており、シリカゲルからなるspongeのskeletonの成長機構、物性について紹介があった。北島氏からは、ふっ素金雲母などの合成雲母について、合成法、物性、インターカレーション等応用用途の紹介がなされた。写真1は、spongeのskeletonを構成する針状骨の1例。
(5)日本MRS山口大学支部研究発表会。2000年10月、山口大学工学部D11講義室。支部会員の大学院生を中心とした研究発表会。発表件数22件。
(6) 2001年10月には、第2回山口大学支部講演会・研究発表会が、山口大学工学部キャンパスでひらかれる。本講演会には、吉村昌弘日本MRS会長(東京工業大学教授)
「ソフト溶液プロセス―地球の新陳代謝に会わせた高機能材料の作り方―の重要性」および戸嶋直樹山口東京理科大学教授「導電性高分子―環境に優しい合成と新しい機能への展開―」のご講演2件、および、約20件の研究発表が予定されている。
写真1 spongeのskeletonを構成する針状骨の1例(F. Sandford教授提供)。
3.応用医工学系の活動状況
2001年4月、わが国ではじめての医学と工学の融合した大学院が、山口大学に開学した。山口大学大学院医学研究科応用医工学系である。本大学院は、医学と工学とを統合したまったく新しいカリキュラムを準備し、博士前期課程2年、博士後期課程3年を修了したものに、日本ではじめての学位「医工学修士」、「医工学博士」の学位を与えることができるものである。学生定員は博士前期課程37名、後期課程16名である。
本応用医工学系では、激しく変容する医学・医療とグローバル化する競争的環境の中で、個性ある学際的教育研究を推進することを目的としている。このため、従来の固定的な医学の専門分野に限定されない医学と工学との連携のもと、“生体情報のデジタル化”をキーワードとし、医療・福祉の新しい動向に即した理論と、先端医療機材の開発に必要な、創造的で幅広い視野を持った人材を育成することを目的としている。
本専攻は、下記のような4大講座からなり、それぞれがいくつかの研究分野からなっている。本専攻は、わが国初めてのものであり、その目指すところを世の中に宣伝し、理解していただくために、平成13年3月に、「山口大学大学院医学研究科応用医工学系シンポジウム」、ならびに、9月に、「山口大学ハイテクシンポジウム2001−シンポジウム応用医工学
I
−」を開催した。写真2はその風景。3月では、各研究分野の紹介を、9月には、(1)心臓・血管系細胞の新しい細胞内シグナル分子の同定:応用医工学系小林誠教授、(2)インターロイキン6による骨髄腫細胞のシグナル伝達機構:応用医工学系石川英昭助教授、(3)人工骨の微構造デザインと今後の展望:応用医工学系後藤誠史教授、(4)荷重支持組織再建における生体内力学環境の設計:京都大学再生医科学研究所富田直秀教授、(5)力学的環境に対する骨の適応的リモデリング:東京医科歯科大学生体材料工学研究所高久田和夫教授らの講演があった。筆者もまだ十分全体を理解しているというわけではないが、これらシンポジウムでの情報を基に、各研究分野の紹介を簡単にする。
・生体シグナル解析学講座
シグナル伝達情報学:様々な外的刺激や生理的ストレスは、遺伝子発現を介して、細胞の運命決定に影響を与える。中でも進化の過程で最もよく保存されており、細胞の生死の決定に重要な役割を担っている熱ショック応答のシグナル伝達系に関する研究に取り組んでいる。
細胞シグナル解析学:血液腫瘍である骨髄腫細胞をモデルとし、がん細胞の異常な増殖シグナル因子について、インターロイキン6の細胞内シグナル伝達におけるシグナル修飾分子をリアルタイムに解析し、同定する研究に取り組んでいる
分子病態解析学:糖尿病の遺伝的背景を明らかにし、分子機構の解明のためのインスリンシグナル伝達のデジタル解析を行い、新たな治療法の開発を目指している。
・バイオマテリアル医療工学講座
生体医療工学:機械工学をベースとして、医療現場の手術支援、看護支援のための機器開発と、生体情報の硬が敵応用に関する基礎的な研究を行っている。手術支援として、服腔鏡下手術で必要な腫瘍部位同定システム、大腸内視鏡補助装置、力覚提示装置を内蔵した鉗子、服腔鏡画像からの3次元表示手法、臓器変形の実時間シミュレーションシステムの開発などの研究、また、生体組織(神経系、各種筋肉)などから得られる情報を利用した機器の開発・制御に関する研究に取り組んでいる。
生体材料工学:組織再生医療用材料として、アパタイトを中心に、リン酸カルシウム系人工生体材料の研究を行っている。生体材料の組成・組織と生体活性・生体安全性の研究、人工骨の微構造設計、場合によっては、即効的な生体材料、場合によっては、新陳代謝可能な生体材料、さらに、未分化細胞の分化を促すサイトカインの応用など分子生物学の応用による組織再生医療へのアプローチを考えている。図1は培養骨へのアプローチの例。
・デジタル情報制御医学講座
デジタル細胞制御学:心臓・血管の異常収縮を引き起こす心臓・血管系のシグナル伝達機構・シグナル伝達制御を研究している。この血管の異常収縮を引き起こす細胞内シグナル分子として、Rhoキナーゼ、スフィンゴ脂質代謝産物を同定した。また、心筋虚血に応答して細胞死を誘導する未知受容体遺伝子の単離に成功している。
器官病態内科学:循環器内科学、腎臓病学、呼吸器病学、免疫病学、脂質代謝学をカバーし、生体からの情報をデジタル化し、画像診断学、医療機器情報工学の研究をしている。その結果をスペースメーカー、人工肺、人工呼吸器、人工透析機などへ応用し、実用化および改良の研究を行っている。
器官病態外科学:循環器外科たとえば開心術における人工肺、人工心臓、補助循環、人工弁、血管手術における人工血管のような人工臓器を含めた医工学的機材の開発とその臨床応用を目指している。
遺伝子診断学:DNAの塩基配列は現在最大のデジタル化生体情報と考えられ、ヒト1個体に300万個の塩基が存在しているとされる単一塩基置換(SNP)は最大の遺伝子情報である。これは、遺伝的個体差や疾患感受性を規定する分子的基盤としての情報である離、予防医学的診断への応用が期待されている。このようなSNP診断を研究している。
図1 培養骨へのアプローチの例
・バイオセンシング機能工学講座
生体認識工学:蛋白質や細胞が持つ生体分子認識機構を、生物化学工学的に解析し、医薬品のクロマトグラフィー精密分離、バイオセンサーによる診断、蛋白質・酵素・細胞の(脱水)安定化について研究している。
生体分子工学:修飾イオン交換膜を用いるイオンの分離、高速選択透過性イオン交換膜の開発、複合荷電膜における選択透過性の制御、ドラッグデリバリーシステム用外部刺激応答ゲル膜の開発研究などを行っている。
4.おわりに
山口大学では、日本MRS支部活動、さらに、応用医工学系の設立などに現れているように、学際的に異分野の融合が積極的に図られ、新しい分野、学問体系の模索を、活発に試みている。分野が異なると言葉が異なり、大げさに言えば、文化が異なる。はじめ、お互い理解しあうのに多少の努力は必要であるが、自分の歴史にこだわらなければ、また新しい世界が開けて楽しいものである。医工学系の学生も、まだ、医学系の学生と工学系の学生とまでは行かないが、機械工学、材料工学、応用化学工学とそれぞれの分野からの学生が、互いを知り合うために院生会を作り、交流をはじめている。機会を得て、日本MRS山口大学支部、応用医工学系の紹介をさせていただきましたが、ともに、皆様のご支援を賜りたくお願い申し上げる次第です。
連絡先: 山口大学大学院医学研究科 応用医工学系(機能材料工学科) 教授 後 藤 誠 史 〒755-8611 山口県宇部市常盤台2-16-1 TEL:0836-85-9670 /FAX 0836-85-9601 / Email: [email protected] |
■IUMRS-ICAM2001報告
日本大学理工学部電子情報工学科 教授
MRS-J副会長 山本 寛
8月26日(日)〜30日(木)、メキシコ・カンクーンにおいて第7回International
Conference on Advanced Materials(ICAM) 2001が開催された。主催はIUMRS、ホストはMRS-Mexicoが勤めた。会場となったマリオットは典型的な米国風リゾートホテル。どこまでも抜けるようなブルーの空と、カリブの海を臨む白砂海岸が印象的であった。参加者は700名を越えたが、約6割はメキシコ国内からであった。日本からの参加者は20名を越えてはいなかったように思う。会議開催のサーキュレーションに問題があったかもしれない。発表論文は750件程度であったが、プログラム変更が多々見られ、実数は把握できなかった。
全体で28セッション、5日間の日程は比較的余裕のある設定であった。ただ、会議の運営はメキシコ風?で、時間的にルーズな面が見られ、レジストレーションや運営の点もやや問題であったと思える。今回、通常のアカデミックなテーマに加え、"International
Collaboration and Networking"に関するセッションが行われた。IUMRSのファウンダーの一人、チャン教授がNSFのサポートを受け、本セッションが企画されたものである。ナノマテリアル研究開発の現状あるいはネットワークを活用した共同研究体制について討議された。各国からの報告がなされたが、我が国からはMETIの西島氏、NIMSの岸本氏(本誌編集長)が参加した。特に、岸本氏は共同研究ネットワーク構築について、具体的実施例を挙げながら、様々な課題と展望を語った。隔年で開催されるICAMではIUMRSの理事会が開催される。今回、次年度からの第2副会長にインドのラオ教授、会計担当理事には韓国のパク教授が選出された。そこで、写真のように前副会長の台湾のチェン教授の貢献に対し、次期会長ネマヒ教授から感謝の意が示された。特筆すべきことは、次回の第8回IUMRS-ICAMはMRS-Jがホスト役となり、日本で開催されることが決定されたことである。2003年、10月10日〜13日、横浜パシフィコにて開催の予定である。会員の皆様はもちろん、多数の材料研究者を一同に集め、是非とも意義深い国際会議として成功させたい。関係各位のご協力を切にお願いしたい。
■第2回MRS-J 山口大学支部研究発表会
山口大学大学院医学研究科応用医工学専攻 井奥 洪二
2001年10月6日(土)、大学院生の高度教育を主たる目的として、第2回MRS−J山口大学支部研究発表会を開催いたしました。今回は、無機材料および有機材料の第一線の研究者である吉村昌弘会長および戸嶋直樹教授(山口東京理科大)のお二人に、哲学性豊かな特別講演をしていただきました。一般講演18件とあわせて、大変な盛会となりました。参加者は、学外の方も含めて100名を越えました。熱い討論の続いた研究発表会終了後、支部総会において、来年度更に充実した会を計画することとなりました。
<プログラム>
MRS−J山口大学支部 研究発表会 プログラム
日時:2001.10.6 9:00-17:00
場所:山口大学工学部講義室D11
T.特別講演
1.ソフト溶液プロセス−地球の新陳代謝に会わせた高機能材料の作り方−の重要性
吉村 昌弘 日本MRS会長(東京工業大学 教授)
2.導電性高分子−環境に優しい合成と新しい機能への展開−
戸嶋 直樹 (山口東京理科大学 教授)
U.一般講演
1.粉体の弱い固結状態 測定装置の開発
−重炭酸ナトリウム粉末の固結の評価−
(山口大工1・東ソー鞄陽技術センター2)○国吉 実1,2,溝田忠人1
2.SPS法による極薄板状フェライトの作製
(山口大工)○置
直之,堀江真司,山本節夫,栗巣普揮,松浦満
3.半導体超微粒子を光活性層とする垂直型微小光共振器の発光特性
(山口大工)○二井手 亮,栗巣普揮,山本節夫,松浦満
4.サブナノメータ交互蒸着によるNi/Mn, Pt/Mn多層膜の作製と磁性
(山口大工・東大物性研*)○荒木邦彦,中山則昭,溝田忠人,上田寛*
5.a-Si:H膜におけるパルス光照射による光誘起欠陥生成とフォトルミネッセンス
(山口大工)○吉村泰一, 竹村仁志, 荻原千聡, (広島工大)森垣和夫
6.対向ターゲット式2元スパッタによる超伝導Nbトンネル接合作製
(山口大工)○福田崇一,江口真一,伊村領太郎,前川昇司,諸橋信一
7.フェノール系樹脂を前駆体とする分子ふるい炭素膜の膜透過物性
(山口大工)○岩見勝司,周
偉良,吉野真,田中一宏,喜多英敏,岡本健一
8.シリコアルミノフォスフェート膜の創製とその透過物性
(山口大工)○川本真之,吉野真,田中一宏,喜多英敏,岡本健一
9.高塩選択透過性を有する両性膜の作製とその特性評価
(山口大院医)○小林英輔,比嘉充
10.pH記憶荷電膜の作製とイオン輸送特性評価
(山口大院医)○綿部智一,比嘉充
11.高分子ゲル膜の荷電構造とイオン伝導性との関係
(山口大院医)○橋口朋実,比嘉充,松崎浩司
12.銅を含有した酸化チタンの調製とその光触媒特性
(山口大工)○岡下明弘,酒多喜久,今村速夫
13.シリカ担持希土類触媒によるベンゼンの選択的液相部分水素化反応
(山口大工)○熊井淑子,西村浩治,奴留湯誉幸,酒多喜久,今村速夫
14.KNbO3-AgNbO3系の新物質:KAgNb2O6
(山口大工)○錦織和子,小松隆一,池田攻
15.ポルトランダイトによる空気中二酸化炭素の湿式固定
(山口大工)○赤松徹雄,中邑義則,小松隆一,池田攻
16.Nd2Ti2O7-SrTa2O7およびCa2Nb2O7-Sr2Ta2O7強誘電体の錯体重合法による合成
(山口大院医)○原
誠彦,藤森宏高,山下悟志,井奥洪二,後藤誠史
17.ペースト構造の定量的表現の試み
(山口大院理工、院医)○宋
慶煥,物部義春,藤森宏高,井奥洪二,後藤誠史
18.NH3ガスソースMBE装置の製作とGaN薄膜の成長
(山口大工)○岡本諭,大島直樹,柴田恭平,渡橋由悟,影山成治
終了後、MRS−J山口大学支部 総会
To the Overseas Members of MRS-J
■Expectation of Biomembrane Materials
Prof. Tsutomu Nakagawa, Department of Industrial Chemistry, Meiji University
Membrane materials for blood-dialysis have recently progressed. A period necessary for average blood-dialysis has been shortened from 5 hrs to 4 hrs, because the permeation rate of water has become faster than ever. From the viewpoint of myself who is now a crank of the blood dialysis, these membrane materials in use are not satisfactory materials and I do not admit them as the so-called bio-membranes. They are simply ultra-filtration membranes. The objective of the blood・dialysis at present is to remove mainly water and both the low-molecular weight materials such as creatinine and uric acid and the high-molecular weight materials such as various kinds of proteins. At present, the ultra-filtration membranes are produced from cellulose or polysulfone derivatives which permeate through "physically" by the diffusive and/or the pressure-driven mechanisms. Therefore, a lot of very important bioactive materials, such as hormones included in the blood, are also removed by the membranes. I expect the real bio-membranes which have "chemically" separation functions, namely chemically barrier properties for the important components and/or the recovering functions by the active transport mechanism.
■Epitaxial Growth of Thick 4H-SiC Layers
Dr. Hidekazu Tsuchida, Central Research Institute of Electric Power Industry
We have demonstrated growth of very thick 4H-SiC epilayers in a vertical radiant-heating reactor. The growth rate reaches maximum under a pressure range as low as 45-55 Torr, and the typical growth rate is 13-16 μm/h at 1530-1560?C. Surface roughness is maintained as small as ~0.2 nm even for epilayers over 150 μm in thickness. Photoluminescence and secondary ion mass spectroscopy were performed for a 150 μm-thick epilayer, and the impurity levels of the layer were found to be extremely low.
■MRS-J Yamaguchi University Branch and The Applied Medical
Engineering Science Course in The Graduate School of Medicine, Yamaguchi University
Prof. Seishi Goto, Yamaguchi University
Here the Yamaguchi University Branch in MRS-Japan and new
topics on the Graduate School of Medicine in Yamaguchi University will be introduced.
The YUB MRS-J established at December '99. The activity is mainly to hold and
support the lecture meetings and meetings for research presentations. The Applied
Medical Engineering Science in the Graduate School of Medicine, YU has started at this
April. In this course, Faculty of Eng. and Medicine collaborate together to develop a new
science and technological inter-field.
■ Report of IUMRS-ICAM2001
Prof. Hiroshi Yamamoto, Vice President of MRS-J, Nihon University
The 7th International Conference on Advanced Materials was held at Cancun, Mexico on 26th - 30th Aug 2001. Above 700 researchers participated. About 750 papers appeared. In the conference 28 sessions, especially including a new session, "International Collaboration and Networking" were organized. In the IUMRS Executive Meeting、 it was approved that the 8th ICAM will be held at Yokohama, Japan on 10th - 13th Oct 2003.
■MRS-Japan Annual Academic Symposium 2001
The annual academic symposium and the annual business meeting of the MRS-J will
be held from December 20-21, 2001, at the Kanagawa Science Park, Kawasaki-shi.
The meeting includes 10 symposia. Proceedings will be published in the series of
Transaction of the MRS-J.
編集後記
同時多発テロが9月11日に米国で起きた。これまでにない壮絶な事件であり、新しい概念をもって対応しなければ平和で豊かな国際社会は作れない。脈々と流れている全人類の根本課題には、エネルギー、食料、環境がある。
また、この根本課題と同時多発テロが関係しているとも考えられる。この三つの課題に関わる新エネルギー変換材料、エコマテリアル等の先端材料開発・研究が急務となっており、資源のないわが国では豊富である知的財産を、いかに独創的科学技術の創製につながるかが重要と考えられる。これまでにない新しい概念が持続発展的な新材料開発・研究には必要不可欠である。MRS-Jは学際性・業際性を重要視して、いろいろな研究分野の横断性(Interdisciplinary)の基にダイナミックに活動をしており、新技術創出が期待されている。本号が会員・読者にとって新材料の創製の一助となれば幸いである。
(大山昌憲・富田雅人)