日本MRSニュース Vol.16 No.3  August 2004


やあこんにちは

構造材料研究におけるマイクロ・ナノ材料


独立行政法人 物質・材料研究機構材料研究所 野田哲二

 昨今様々な分野で取り組まれているマイクロ・ナノ制御技術は、半導体、情報技術、遺伝子、DNA、生体治療、医薬品だけでなく、従来技術と考えられていた構造材料の研究手法までも変えようとしている。金属、無機、高分子をナノサイズで制御した構造材料の製造技術開発が盛んに行われている。ナノ構造を制御することによって強度、触媒性能、耐食性など材料特性の飛躍的な向上を図ろうとしている。バルクの構造材料に関してもこれまでも、超微粒子、超微細粒組織などの構造制御技術により、材料強度の大幅な向上や超塑性が得られている。金属材料の強度が粒径の逆数の2乗に比例することは、ホールペッチの法則としてよく知られており、粒界での転位のパイルアップにより材料の強度が上昇する。しかし、実際には粒径が1ミクロン以下になると、粒界すべりが起こり、強度は頭打ちとなる。さらに強度を上げるには、転位がなく粒界のない構造が理想であるが、金属では転位の発生を防ぐのは難しい。完全結晶とは逆にミクロなレベルで無秩序な構造、例えばアモルファス状態にすれば高強度が達成される。一方、セラミックスなどでは微細粒化によって超塑性が得られている。粒径を数百ナノメートル以下にすると粒界すべりが容易となり、数百%以上の塑性変形が起こる。この現象を利用すると、本来脆性材料であるセラミックスの加工が容易となる。
 ナノレベルで材料組織を制御することによって大型構造体のバルクの特性を向上させるのが、構造材料研究の一つの方向とすると、マイクロ・ナノ材料をそのまま部品として微小機械への適用することも今後ますます重要となると考えられる。通信、医療分野など機器の小型化に伴って、歯車、モーター、アクチュエータ、配線などの機械部品では今後ミクロ・ナノスケールの材料の重要度が増すものと考えられる。
 材料を小さなスケールで見ていくと、バルク材料とは異なった様々な側面が現れてくる。一般に固体は106/cm2程度の転位を含んでいるため、結晶の結合力から予測されるよりもはるかに低い強度を示すが、ウイスカーのような径のサイズが小さい材料では、理想的な高強度に近い材料となる。鉄のウイスカーが1ミクロン以下の径になれば10Gpaの強度が得られることが1960年代にすでに報告されている。さらに径の小さいカーボンナノチューブでは、四十数GPaという高張力鋼より一桁高い強度が予測されている。近年AFMの開発により、数ナノNの曲げ、圧縮強度測定が可能となってきているが、まだ試料のセッティングなどの難しさからナノサイズ径の引張り強度の測定はまだ行われていない。微小材料、特に数百ナノサイズ径以下となると、表面の効果が無視できなくなり、電気抵抗、熱伝導、融点、蒸気圧などバルクの性質とは異なってくる。さらに、数ナノ以下では量子効果が現れる。古典的な考え方でもサイズの効果が現れることは、ウイスカーの強度以外でも予測されている。例えば、金の融点は1064℃と一般の教科書に載っているが、20世紀初頭にすでに融点が金粒子のサイズが小さくなるにつれて下がり、数ナノメータ径では、約500℃になると予測され、その後実験的にも確かめられている。これは、粒子の液滴の化学ポテンシャルに表面張力の効果が加算されることによって説明されている。高アスペクト比のナノワイヤー、チューブの電気抵抗、熱伝導においても表面の効果が現れると考えられる。半導体、絶縁体ワイヤーでは、フォノンの干渉効果が低減されて、熱伝導度が上がるのか、あるいは表面の散乱効果によってかえって熱伝導度が下がるのか興味あるところである。
 これまで、多くの参考書に載っている材料の物性値に関しては、サイズが無限大の材料を対象としてきたように思える。構造材料においても、サブミクロン以下の物質で材料設計を行う必要が出てきた現在、サイズを考慮した様々な物性値、状態図等の整備が待たれるところである。


研究所紹介

産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター (RCPV)

独立行政法人 産業技術総合研究所 研究センター長  近藤 道雄

1.はじめに
太陽光発電研究センター(Research Center for Photo-Voltaics : RCPV) は2004年4月1日に発足した。21世紀は環境の時代といわれているが、人類の持続的発展のためには環境に配慮したエネルギーの確保が最重要課題であり、そのために自然エネルギーとりわけ太陽光発電への期待が世界的に高まりつつある。そのような背景の中、産総研が太陽光発電研究に対して戦略的に取り組む拠点として当センターは設置された。当センターでは材料デバイスにとどまらず、国の中立機関として求められる太陽電池の標準の供給、ユーザーサイドに立ったシステム研究にいたるまで総合的に太陽光発電研究に取り組み、2010年に現在の発電コストを1/2に、2030年には現在の1/7にまで低減すると同時に全電力需要の10%を太陽光発電で賄うことをミッションとしている。
 当センターでは現在二十数名の常勤職員とほぼ同数の非常勤職員(ポストドクを含む)、大学院生、企業出向者を合わせて約50名のスタッフが5つのチームを構成している。以下に現在の課題と主な成果について紹介する。

2.研究課題とトピックス
(a) 結晶シリコンチーム (チーム長・坂田 功)
現在の太陽電池市場の90%は単結晶および多結晶シリコン太陽電池で占められている。しかし、今後の大幅なコストダウンのためには現行技術の延長でない新しい技術を必要としている。コストを圧迫しているのは原料のシリコンそのものである。現在はLSIなどでつかわれる半導体グレードのオフグレード品を原料として使っているが、今後の大量普及とコストダウンを鑑みると太陽電池専用の原料シリコンの開発と同時にシリコンの使用量を少なくする、言い換えると薄型化を進める必要がある。デバイスという観点から見ると、シリコン原料の品質の低下がどこまで許容されるかという問題、薄型化が進むと表面再結合など表面効果が大きくなる、光閉じ込め技術がより重要になるなどの問題が浮かび上がってくる。当チームでは薄型化に対応した新しい光閉じ込め技術の開発、表面再結合の影響を極力小さくするキャリア再結合速度の測定法、より高品質な接合形成を目指した低温エピタキシーの研究などを行っている (図-1)。

(b) シリコン新材料チーム (チーム長・近藤 道雄)
 結晶シリコンのコスト問題を解決するもう一つのアプローチは薄膜シリコンを用いる方法である。アモルファスシリコンでは結晶シリコンの1/1000、微結晶シリコンでも1/100の厚さでしかないため、原料問題はここではほとんど考える必要はない。問題は結晶シリコンと比べて低い効率にある。そのため薄膜シリコンでは図に表されるようなバンドギャップの異なる材料を組み合わせて積層するタンデム型太陽電池の研究が中心である。当センターではタンデム型の構成要素であるアモルファスシリコンおよび微結晶シリコン太陽電池の高効率、高スループット化技術の開発を行っている。これまでにアモルファスシリコン太陽電池で問題であった光劣化をプラズマ中で生成される有害ラジカルを極力除去する方法を開発することで低減することに成功し、劣化後変換効率9.2%という市販ガラス基板上で世界最高の効率を達成した(図-2)。また微結晶シリコンでは薄膜といえどもアモルファスの約10倍の厚みが必要なので製膜速度が重要である。従来はデバイスグレードの材料を得るための製膜速度は0.1nm/s程度であったのをVHFプラズマと原料ガス供給の高圧枯渇条件を組み合わせることで従来の10倍以上高速化に成功し、2.3nm/sの製膜速度で9.1%の変換効率を達成した (図-3)。これは0.1nm/sの製膜速度で得られた最高効率9.4%とまったく遜色ない値である。これらを組み合わせることで低コストで高スループットな薄膜太陽電池で変換効率13%(小面積)が得られる見通しがつき、従来の多結晶シリコンに匹敵する性能を得ることが可能になってきた。当チームでは新しい材料にもチャレンジしている。シリコンナノ結晶は光劣化がなくアモルファスシリコンに匹敵するバンドギャップを持つことが知られている。パルスプラズマや反応性レーザアブレーションなどの方法によりナノ結晶の粒径を制御し、粒子サイズ2nm以下、バンドギャップ2eV以上のナノ結晶を作成することに成功している。デバイス応用についても現在開発が進められている。

(c) 化合物薄膜チーム (チーム長・仁木 栄)
 CIGS(CuInGaSe2)系太陽電池は、高効率・省資源・長寿命な太陽電池として近年期待を集めている。この電池は、実際の素子部分は3mmほどで済み、大面積・軽量・フレキシブルな電池の製作に向いている (写真-1)。
変換効率も高く、19%を超えるエネルギー変換効率を得られ、今後さらに向上も見込まれる。組成により吸収波長域が可変であり、将来は積層型高効率太陽電池への応用も可能である。さらに光や放射線による劣化が極めて少ないため宇宙環境用途にも向くなど、多くの特長を併せ持つ。当チームではこのCIGS系太陽電池の高性能化の研究を行っている。具体的には、電池の心臓部である光吸収層の製膜過程を光散乱法でモニタすることで膜の特性を最適化する手法を開発したり、電池内部の界面のバンド構造を解析して損失要因を突き止める等の成果を挙げている。またこの材料は組成を調整することでバンドギャップを広範囲に変化させることができ、太陽電池として最も最適といわれる1.4eV程度のバンドギャップを持つ材料を開発することでより高効率の太陽電池を実現できる可能性があるが、ワイドギャップ材料の高効率化は技術的に難しく、従来は効率は10%程度であった。当チームではこの課題に取り組み、現在までにバンドギャップ1.3eVの材料を用いたデバイスで反射防止処理つきで16.9%の高い変換効率が実現出来ているが(図-4)、今後はより実際のモジュールに近い構造と大きさの素子についても研究を進め、実用化をサポートして行く予定である。

(d) 評価チーム (チーム長・仁木 栄)
太陽電池セル・モジュールの定格出力値は、太陽光発電システムを構成する要素技術の性能指標として重要視され、国際的に合意された標準条件における値が用いられる。学術的な観点のみならず、国際ルールに基づく輸出入促進の観点からも、これら出力評価に係るトレーサビリティ体系や評価方法の国際的な整合化へのニーズは益々高まっている。一方、信頼性の観点では、従来、太陽光発電システムを構成する個々の要素機器の型式認証(初期性能保証)に主眼がおかれてきたものの、一般家電製品に比べて長寿命(20年〜30年以上)が要求されることや、屋外機器と屋内機器との複合的な「システム」としての市場流通、などの点から、長期寿命保証を担保するための加速性の高い耐久性試験の開発ニーズが高まってきている。評価チームにおける研究は、上述のトレーサビリティ、評価法及び信頼性評価法・リサイクルの3分野に渡り、基準太陽電池セルの根幹比較測定値(World PV Scale)を策定するQualified Lab.としての世界的活動、各種新型太陽電池の特性評価方法の研究開発並びに高精度な第3者測定、長期寿命を保証する為の加速係数の大きな複合加速劣化試験手法開発やリサイクル手法に関する研究と多岐に渡る。本稿ではその一部として、多接合型や多結晶化合物系太陽電池モジュールを高精度に評価するために開発した大面積高近似ソーラシミュレータ(large-scale high-fidelity solar simulator; LHSS)について紹介する。従来のソーラシミュレータ(図-5)では、近似波長限界が1,100nmであるのに対し、多結晶化合物系を代表するCIS系太陽電池では1,300nm近傍にまで感度を有するため、不充分である。また、多接合型太陽電池は、要素セルが直列に接続されることから各要素セル間の電流ミスマッチが存在し、最も光電流の低い要素セルが貫通電流(多接合型太陽電池の出力電流)を律則するため、入射光の分光放射照度分布依存性が単接合型に比較して甚だしく大きい。評価チームでは、多灯のキセノンランプとハロゲンランプを波長選択的に合成し、大気中の複数の水蒸気吸収帯を模擬する多層蒸着膜干渉フィルタを開発して基準太陽光に対する合致度を広帯域に渡って飛躍的に向上させ(図-6)、更に、波長選択フィルタの挿入によって電流ミスマッチの調整を極めて簡単に行える特長を有するとともに、光学インテグレータの最適化によって1.2m×1.0mの有効照射面積で放射照度の場所むら±2%を達成した。本装置(図-7)の開発により、現時点では世界で唯一、化合物系太陽電池モジュールや多接合型太陽電池モジュールを高精度に測定するための屋内測定環境が整備された。

(e) システムチーム (チーム長・加藤 和彦)
太陽光発電はパネルの直流出力を電灯線交流出力に変換し、系統連系して用いられるため、気象変動によって起こる発電量の変動がどのように電力系統に影響を及ぼすかは重要な要因である。太陽光発電が微々たる量である間は問題ないが、将来的に全電力の10%をたとえば太陽光で賄おうという時代になるとその変動は重大な問題となる。現在、需要の変動、たとえば夏場の昼には空調電力などで増加する需要に対しては火力発電で対応している。このピーク需要を太陽光発電で対応しようとなると、ちょっとした雲の影響や突然の雷雨などによる発電量低下は重大な影響を及ぼす。そこで太陽光発電の発電量予測、局所的から地域的な領域拡大によるならし効果など、実際のシステムでの検証実験が重要である。
 産総研では写真-2に示されるように本年4月から国内最大の1メガワット出力を有する分散型太陽光発電システム(メガソーラとよぶ)をつくばセンター内に設置し、大規模実証研究を開始した。図-8に典型的な夏場快晴日の電力需要と太陽光による発電量を示すが、夕方のタイムラグが若干残るものの、ピークカット効果は明らかにあることがわかる。タイムラグは今後蓄電システムと組み合わせて対応することが検討されている。また、このメガソーラにはさまざまな市販されている太陽光発電パネルが導入され、同一の日照下での発電量比較も行われている。

3.おわりに
 みなさんは石油資源が枯渇あるいは供給不足に陥った100年後の、あるいは200年後かもしれませんが、地球の状況を想像されたことはあるでしょうか?そのとき人類は江戸時代や産業革命前の生活に逆戻りできるのでしょうか?あるいは残り少なくなった石油の奪い合いの最中なのでしょうか?地球をひとつの巨大な人工衛星と見立てるならば、その衛星が永遠に航行を続けていくためには枯渇のない動力源が必要でしょう。今の人工衛星の動力源が何かを考えれば、将来の地球の動力源として何が適切であるかは自明の理であるように思われます。海外の公的な研究機関でも100年後のエネルギー源の半分以上は太陽光であるという予測がなされています。今はまだエネルギー源としては1%にも満たない太陽光発電ですが、太陽光発電を発展させていくことが将来の地球の危機を回避するひとつの重要な方策である、というのが当センターの基本理念であり、今後もその必要性を発信し続けていこうと考えています。




図-1 結晶シリコン薄膜太陽電池の模式図
入射した太陽光が基板側で反射されて太陽電池の中を何回も通過し,そのたびに吸収されて発電に寄与する(光閉じ込め技術)。また,低温エピタキシャル成長技術で接合を形成することで,接合形成に伴う結晶シリコンの品質低下を抑止する


図-2 低光劣化アモルファスシリコン太陽電池の光照射前後(初期:赤、安定化後:青)のI-V特性。
光劣化後効率9.2%


図-3 高速製膜(2.3nm/s)された微結晶シリコン太陽電池のI-V特性


写真-1 CIGS太陽電池の断面のSEM写真


図-4  Ga/ III 族元素比 0.52、バンドギャップ1.3eV のワイドギャップCIGS太陽電池のI-V 特性


図-7  LHSSの構成図


図-5 従来のソーラーシミュレータのスペクトル(青線)と基準太陽光スペクトル(赤塗部)


図-6 超高近似大面積ソーラシミュレータ(LHSS)のスペクトル(青線)と基準太陽スペクトル(赤塗部)


写真-2  AISTメガソーラタウン パーキングルーフ型および地上設置型(左)、屋上設置型(右)


図-8 快晴日(2004年7月20日)における産総研総需要電力量とメガソーラ発電量の比較

問合せ先:〒305-8568 つくば市梅園1-1-1 つくば中央第2
独立行政法人 産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター
研究センター長 近藤道雄
[email protected] URL http://unit.aist.go.jp/rcpv/

 


トピックス

超伝導体のエネルギー分散分光検出器への応用

独立行政法人 産業技術総合研究所 計測フロンティア研究部門 大久保雅隆

1.はじめに

 超伝導デバイスの基本は、2つの金属超伝導電極を1nm程度の厚みの絶縁層で隔てたサンドイッチ構造である。この構造をもつ超伝導デバイスは、トンネル型のジョセフソン接合と呼ばれる。1nmの絶縁層を通して超伝導電極間を流れる超伝導トンネル電流(直流ジョセフソン効果)は、両電極間の位相差(θ12 )に比例し、次式で表される。

   I = Ic sin(θ12 )         (1)

ここで、Ic は臨界電流であり、トンネル確率等で決まる定数である。Ic 以下の電流では、ゼロ電圧状態であり、(1) 式に合うように位相差が現れる。Ic を越えると、超伝導エネルギーギャップ(2Δ)に相当する電圧状態にジャンプする。
 磁場を印可することにより、直流ジョセフソン効果を抑制できる。直流ジョセフソン電流を正味ゼロとした状態で、電流を印可するとIc 以下でも超伝導電極間に電圧が生じ、超伝導を担うクーパー対が壊れた準粒子のトンネル電流が見えるようになる。準粒子トンネル電流は、熱的に励起される準粒子数に関係して、両電極間のバイアス電圧が2Δ/e以下の場合には、およそ、次式で表される。

   I ∝ exp(-Δ/kT)   (2)

ここで、kはボルツマン定数、Tは温度である。検出器としてトンネル接合を用いる場合には、超伝導転移温度の1/10程度の温度に冷却して、ほぼトンネル電流が流れないようにする。ここで、光子あるいはイオンのような粒子の入射により、超伝導状態を担うクーパー対が壊れ、準粒子が生成されると、実効的に温度上昇と同じ効果が得られ、トンネル電流が増加する。このトンネル電流の増加を測定することにより、観測対象がもつエネルギーあるいは入射時刻を知ることができる。
 光子のエネルギー(E==hc/λ)を個々に測定する分光法は、エネルギー分散分光(EDX)と呼ばれる。超伝導を用いると、X線材料分析において、広く普及している半導体検出器のエネルギー分解能の理論限界を超える性能を実現できる。これは、半導体のバンドギャップが1eV程度であるのに対して、超伝導エネルギーギャップが1meVと小さく、励起されるキャリアー数(準粒子数)が多く、ポアソン過程を仮定した場合に、統計的ゆらぎが小さくなるためである。入射時刻の測定は、飛行時間型質量分光法(TOF-MS)で必要である。超伝導を使うことにより、従来の二次電子放出によるイオン検出器では検出が難しい、巨大質量範囲まで検出可能となる。これは、ΔがmeVであるため、粒子衝撃により生成されるフォノンを検出することによって、二次電子を放出しない巨大質量イオンでも検出できるためである。また、マイクロチャネルプレートのような従来型イオン検出器では不可能な、イオンの運動エネルギー(衝突エネルギー)の測定を行うことができる。TOF-MSにおいて、イオンの価数弁別が可能となり、質量スペクトルの解釈を容易にする。

2.トンネル接合デバイスで使われる超伝導薄膜

 図-1に超伝導トンネル接合素子の光学顕微鏡写真を示す。超伝導トンネル接合検出器の電極材料としては、多くの場合、Nbのような超伝導元素の多結晶膜が用いられる。図-2にNb超伝導薄膜表面のAFM像を示す。
 Nb薄膜は図-2に見られるように細長いNb粒子で構成され、この粒子は垂直方向にカラム状に成長している。平均表面荒さは0.9nm、ピークツーピークで7nmである。表面荒さは膜厚が大きくなるに従って増大する。デバイス作製には、図-2程度の厚みの薄膜を用いている。この程度の荒さのある薄膜の上に厚み1nmの絶縁層を形成し、さらに超伝導薄膜を積んでトンネル接合を安定に作製する手法が知られている1)。これは、Al層をNb膜上に堆積して、表面を酸化する方法である。この方法により、トンネル接合の品質が飛躍的に上がり、欠陥がなくリーク電流を抑えて、理想的なトンネル型のジョセフソン接合の作製が可能となった。Alの酸化膜は近年、超伝導デバイス以外にも磁気トンネル接合の作製に応用されている。
 しかしながら、この手法でも、液体ヘリウムの温度(4.2K)からさらに下げて、熱励起の準粒子電流が小さくなると、リーク電流が見えてくる。ジョセフソン接合素子の面積は小さい方が集積度が上がり有利である(数十μm以下)。しかし、検出器としては、大きな有感面積が必要である。検出器としては、通常のジョセフソン接合より、1桁以上大きな面積である100〜200μm角のトンネル接合が必要である。このため、広い面積に渡って欠陥のない1nmの絶縁層を作製する必要がある。広い接合面積で高品質のトンネル接合を得るには、Al厚を厚くするのが効果的である。Al厚を20nm以上にすることにより、検出器として求められる低リークを実現している。図-3に、接合面積が100μmの場合について、従来素子と検出器品質素子の比較を示す。バイアス電圧がΔ/eのときのトンネル接合を流れる電流の温度依存性は、(2) 式に従うが、Tcから十分低い温度領域では、リーク電流が支配的になる。図-3を見ると、約1K以下の温度領域で、温度に依存しない電流が流れており、これがリーク電流を示している。従来のジョセフソン接合のAl厚は5nm程度であり、品質因子(バイアス電圧がΔ/e付近のダイナミック抵抗/バイアス電圧が2Δ/e以上の常伝導抵抗)が103しかない。これに対して、検出器品質の接合では、品質因子は106と3桁向上している。この高い品質によって、検出器としての動作が可能になる。

3.エネルギー分散分光用検出器としての応用

 従来より品質因子で3桁優れたトンネル接合をX線光子検出器として使用することにより、エネルギー分散分光用に広く普及している半導体検出器の理論限界を凌ぐ光子エネルギー測定精度(エネルギー分解能)を達成できる。図-4に低エネルギーの軟X線領域のエネルギー分解能を半導体と超伝導検出器で比較した例を示す。超伝導検出器の性能測定は、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設軟X線ビームラインBL-11Aで行った。エネルギー分解能は、単色の光子が入射したときの、光電ピークの半値幅(FWHM)で表し、小さいほど高エネルギー分解能である。超伝導検出器では、半導体のほぼ1桁高いエネルギー分解能を実現できる。エネルギー分散分光用の超伝導検出器の現状についての詳細は、文献2) 及びその参考文献を参照して頂きたい。

4.質量分光用イオン検出器としての応用

 超伝導体のギャップエネルギーがmeV程度と小さいことを利用して、従来のイオン検出器では検出不可能な巨大分子の検出を行うことができ、飛行時間型質量分光法(TOF-MS)に応用されている3)。従来型の代表的なイオン検出器は、マイクロチャネルプレート(MCP)であるが、巨大分子では二次電子がマイクロチャネルの壁面から放出されなくなり、検出感度が低下する。これに対して、超伝導検出器では、超伝導ギャップエネルギーがデバイエネルギーより小さいために、巨大分子が検出器に衝突したときに生成されるフォノンを検出できる。
 図-5はTaクラスターを超伝導検出器により検出した例である。イオンカウンティングモードでのMCP出力の大きさは意味を持たず、スタート信号からイオンが検出されるまでのイオンの飛行時間のみが使われる。したがって、価数弁別は不可能である。これに対して、超伝導検出器では、イオンの運動エネルギーを測定できるため、一定電圧で加速するTOF-MSにおいて、価数の弁別が可能となる。図-5の例では、飛行時間からm/z値(イオンの質量/価数)が、180.95と6243の位置に検出器の出力が現れている。この2つのピークは波高値が異なるため、左のピークは、Taの1価イオン(m=180.95)、右のピークは2価でTaの69個のクラスター(m=12,486)であることが分かる。

5.まとめ

 低温超伝導体を検出器に用いることにより、従来の検出器に対して、エネルギー量子の測定精度(エネルギー分解能)が格段に優れ、各種分光法において従来弁別できなかった元素の分離が可能となる。また、イオン検出の例のように、従来の検出器では取得できなかった新たな情報を得ることができ、高度な分析を可能にすることができる。
 高温動作という意味で、酸化物高温超伝導体やMgB2といった新しい超伝導材料に魅力がある。しかし、これらの新しい材料で検出器品質のトンネル接合を得るのは、難しいのが現状である。今後のトンネル接合開発の進展が望まれる。
 本研究の一部は、原子力委員会の評価に基づき、文部科学省原子力試験研究費により実施されたものです。

 






文  献

1) M. Gurvitch, M. Washington, H. Huggins, Appl. Phys. Lett. 42, 472 (1983).
2) 大久保雅隆、応用物理、72, 1057 (2003).
3) D. Twerenbold, J. Vuilleumier, D. Gerber, A. Tadsen, B. Brandt, and P. Gillevert, Appl. Phys. Lett. 68, 3503 (1996).

連絡先:  独立行政法人 産業技術総合研究所
       計測フロンティア研究部門超分光システム開発研究グループ
       グループリーダー 大久保雅隆
       〒305-8568 つくば市梅園1-1-1つくば中央第2
       Tel:029-861-5685, Fax:029-861-5730
       E-mail: [email protected]

 


報告・ご案内

MRS Spring Meeting & 9th IUMRS-ICEM レポート
MRS-J副会長・日本大学理工学部 山本 寛

 4月12日〜16日、サンフランシスコで開催された上記会議に参加しました。会場はMoscone Westというメッセ風の会場といつものSan Francisco Marriottです。とにかくスペースが有り余っているという感じはとても日本では考えられません。参加者2650人(内海外からの参加者約40%)と言っても、まったくその数を実感できないくらい広々としたサイトでした。(ポスターセッション 写真1参照)
セッションは全部で29、他にチュートリアルや他会合多数。発表のほとんどがナノに関連したもので、ナノは米国での材料研究の潮流となっています。反面、半導体や酸化物といった本来活発なはずの分野が低調だったように思います。
詳細はhttp://www.mrs.org/meetings/spring2004/をご覧ください。
 この会議はIUMRS-ICEMと合同の会議であり、会期中にIUMRS General Assembly Meetingも開かれました。主な議題はMRS-ブラジルの参加が決定したこと、次回2007年のIUMRS-ICAM開催地のエントリーがあったことです。候補開催国はインド、韓国、中国の3カ国でしたが、6月以降に電子投票で決定されます。ちなみに、2005年のICAMはシンガポールで開催されることは既に決定しています。また、現IUMRS会長のRobert J. Nemanichの貢献に対してIUMRS General Secretary R.P.H. Changから感謝の記念品が贈られました。(写真2参照)
 また、IUMRS関連でSomiya Awardが発表されました。今年は.R. Rao(Jawaharlal Nehru Center for Advanced Scientifice Research)とAnthony K.. Cheetham(University of California, Santa Barbara)が受賞しました。彼らの新規材料の合成とキャラクタリゼーションに関する国際共同研究が評価されました。




第15回日本MRS学術シンポジウム
-21世紀をリードする先進材料の実践的研究-
主 催: 日本MRS(The Materials Research Society of Japan)
日 時: 2004年12月23日(木)?24日 (金)
場 所:日本大学駿河台校舎1号館(〒101-8308 東京都千代田区神田駿河台1-8-14)
 「21世紀をリードする先進的かつ総合的材料研究の実践」をテーマに、17セッションからなる第15回日本MRS学術シンポジウムを開催いたします。多数の皆様方のご参加と活発な研究発表をお待ちしております。

セッションの内容
- Chairperson(●:代表、○連絡担当、◎:代表・連絡兼担)-

Session A「ドメイン構造に由来する物性発現と新機能材料」
坂本 渉 (名大)、野口祐二 (東大)、藤沢浩訓 (兵庫県大)、米田安宏 (原研)、和田智志 (東工大院)、○沖野裕丈 (防衛大)、●松田弘文 (産総研)
Session B「有機超薄膜の作製・評価と応用 -高度な分子配列・配向制御を目指して-」
池上敬一(産総研)、杉 道夫(桐蔭横浜大工)、松本睦良(産総研)、三浦康弘(桐蔭横浜大工)、宮坂 力(桐蔭横浜大工)、〇岩田展幸(日大理工)、●山本 寛(日大理工)
Session C「自己組織化材料とその機能 VI」
関隆広(名大)、大久保達也(東大)、木下隆利(名工大)、多賀谷英幸(山形大)、◎加藤隆史(東大)
Session D「暮らしを豊かにする材料-環境・エネルギー・医療・福祉-」
大島直樹(山口大)、喜多英敏(山口大)、井奥洪二(東北大)、◎中山則昭(山口大)
Session E「熱電変換材料の新展開-材料・デバイス・理論-」
大瀧倫卓(九大)、舟橋良次(産総研)、梶谷 剛(東北大)、寺崎一郎(早大)、◎河本邦仁(名大)
Session F「ファブリケーションを指向したナノスケール構造体の作製と性質-ナノ粒子からミクロ組織体まで
隅山兼治(名工大)、寺西利治(筑波大化)、保田英洋(神戸大工)、◎木村啓作(兵庫県立大理)
Session G「次世代電子デバイスのための誘電体薄膜技術」
徳光永輔(東工大精密工学研)、藤村紀文(大阪府立大院工)、○宮崎誠一(広島大)、●財満鎭明(名古屋大)
Session H「先端プラズマ技術が拓くナノマテリアルズフロンティア」
藤山寛(長崎大)、畠山力三(東北大)、節原裕一(京都大)、白谷正治(九州大)、井上泰志(名古屋大)、寺嶋和夫(東京大)関根誠(東芝)、知京豊裕(物材機構)、◎堀 勝 (名古屋大)
Session I「ナノ構造と機能発現」
中山知信(物材機構)、米澤 徹(東京大)、藤田大介(物材機構)、◎齋藤永宏(名古屋大)
Session J「次元規制高分子ナノ材料の構造と機能特性」
南後 守(名古屋工大)、伊藤紳三郎(京大院)、池田富樹(東工大資源化研)、◎高原 淳(九大先導物質化学研)
Session K「イオンを利用した革新的材料」
岸本直樹(物材機構)、辻 博司(京大院)、馬場恒明(長崎県工技センター)、鈴木嘉昭(理研)、福味幸平(産総研)、○池山雅美(産総研)、●八井 浄(長岡技科大)
Session L「次世代エコマテリアル-環境調和型高機能エネルギー材料-」
西村睦(物材機構)、篠原嘉一(東北大多元研)、竹下博之(関西大工)、 森 利之(物材機構)、◎原田幸明(物材機構)
Session M「ソフト・ナノ・マルチコンポーネントが織りなす多様性?横断的な発展を目指して-」
原 一広(九大)、中野義夫(東工大院)、松浦豊明(奈良県立医大)、中村邦男(酪農学園大)、◎安中雅彦(九大)
Session N「生物資源利用技術の最近の進歩」
●岡部敏弘(青森県工業総合研究センター)、大塚正久(芝浦工大)、須田敏和(能開大)、小棹理子(湘北短大)、柿下和彦(能開大)、○辻純一郎(ポリテクセンター群馬)
Session O「計算材料科学の最近の進歩」
川添良幸(東北大)、渋谷陽二(大阪大)、香山正憲(産総研)、◎小野寺秀博(物材機構)
Session P「エアロゾルデポジション法の現状とその展開」
中田正文(NEC基礎・環境研)鶴見敬章(東工大院)○小木曽久人(産総研)●明渡 純(産総研)
Session Q「マテリアルズ・フロンティア・ポスター」
野間竜男(農工大)、中村吉男(東工大院)、長瀬裕(東海大)、平賀啓二郎(物材機構)、◎伊熊泰郎(神奈川工大)

問い合わせ・連絡先
東京大学生産技術研究所・小田克郎
〒153-8505 目黒区駒場4-6-1
E-mail: [email protected]

To the Overseas Members of MRS-J

■ Role of Micro-Nano Materials in Sructural Materials Research・・・・・・・・・・・・ p. 1
Director, Dr. Tetsuji Noda
Materials Engineering Laboratories, National Institute of Materials Science

The controlling the fine structures is one of the directions of development of advanced structural materials. The other aspect of utilizing fine size is that micro-nano sized materials are applied as parts of micro-nano machines like gear, motor, actuator and wiring etc. The micro-nano sized materials show different properties from those of bulk materials.
When the sample size becomes smaller than several hundred nanometers, the surface effect cannot be ignored. Physical properties such as electro-conductivity, thermal conductivity, melting point, and vapor pressure vary with the size. It is natural quantum effect appears for the material with a size of nano-meter.
The physical properties data in text books have been only for materials with infinitive size. Since the importance of nano-sized materials increases in structural materials, it is expected that material properties database covering physical properties and phase diagrams considering the size effect will be constructed.

Energy - Dispersive Spectroscopic Detectors Using Superconductors ・・・・・ p. 2
Dr. Masataka OHKUBO
Research Institute of Instrumentation Frontier, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology

 Superconductors can be used as absorber of energy quanta. Because of the small superconducting energy gaps, the accuracy of energy measurement of, for example, photons exceeds those of conventional detectors using Si or Ge. In a soft X-ray energy region, energy resolution of superconducting detectors is about ten-times better than that of the theoretical limit of semiconducting detectors.

■ Research Center for Photo-Voltaics, AIST ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ p. 4
Director, Dr. Michio KONDO, Research Center for Photo-Voltaics, AIST
 The National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) has newly established a research center for photovoltaics that consists of five different teams, advanced crystalline silicon, novel silicon materials, compound thin film semiconductors, characterization, system and application
teams. The recent activities and achievements are demonstrated together with the mission of the research center.

Report of MRS Spring Meeting & 9th IUMRS-ICEM・・・・・・・・・・・・p. 6
 The International Union of Materials Research Societies' 9th International Conference on Electronic Materials (IUMRS-ICEM) was held in conjunction with this MRS meeting. The meeting was well attended, with over 2,700 attendees. The Year 2004 IUMRS Award was awarded to an Indo-USA research team, Dr. C.N.R. Rao(JNCASR) and Dr. Anthony Cheetham (UCSB).MRS-J Vice-President prof.Yamamoto of Nihon University reported.

The MRS-J Symposium 2004
 Sesion themes and chairs of the MRS-Annual Sympposium 2004 to be held at the Ochanomizu Campus of the Nihon University, December 23-24, 2004 are solidified. For further information, 2nd circular, please ask to Professor Katsuo Oda, IIS, the University of Tokyo, [email protected]


編集後記
 執筆者の皆様と編集委員長をはじめとするメンバーの方々の御助力により、本号を お送りすることができます。今回は巻頭言を物質・材料研究機構 材料研究所 野田哲二所長に、研究所紹介を産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター 近藤道雄センター長に、トピックスを同研究所 計測フロンティア研究部門 大久保雅隆グループリーダーにお願いしました。それぞれ、高性能な構造材料、大陽電池、分光検出器に関するもので、研究分野は異なるものの、「材料・デバイスにおけるナノメーターレベルの構造制御」について触れておられる部分があり、このような記事が集約されたことは、研究分野の枠を越えて交流を深めるというMRS-Jの主要活動の1つが反映され ているように感じられました。国立大学でも今春の法人化に伴い、教育研究の目標達 成に向けた中期的活動と各大学が特色ある学問分野や個性的な人材育成のための総合 力の涵養をバランスさせる必要性が明示されるようになりました。今回の編集を通じ て、機関の壁を越えた交流がいずれの課題にとっても有益であることを再確認した次 第です。MRS-Jにおける活発な交流が新しい研究成果の創出・人材育成のための一助 となることを願っています。最後に、ご多忙中快くご執筆をお引き受け頂いた先生方に深く御礼申し上げます。(寺田)